心スマイルの家

群馬県で子どもたちの心の居場所作りをしています。夢は全国に心スマイルの家を。 学校をや…

心スマイルの家

群馬県で子どもたちの心の居場所作りをしています。夢は全国に心スマイルの家を。 学校をやめた先生へ、第2の先生人生をお伝えしたいです。 https://www.facebook.com/kokorosmilenikoniko https://www.kokorosmile.com/

最近の記事

幸せになるためには?

【将来幸せになるためには??】   ※綴っていたら少し長めになっていまいました(´。`) 学校をお休みしているお子さんのいる保護者様や、お子さんに心配を抱えてる保護者様などに読んで頂けたら嬉しいです🍀 また、私の今感じたことを綴っていますので、『そういう考え方もあるんだな』と読んで頂けたら嬉しいです。        幸せになるためには、学力が必要?    将来幸せになるためには、 「学力が必要」なのでしょうか?     学校へ行き、 国語、算数、理科、社会、英語・・・ などな

    • こんな場所があったらいいな

      心スマイルの家では 不登校と以前は表現していたものを 選択登校と表現していけたらと思います。 きっかけは、こちらの 心スマイルの家のfacebookの方に4月7日にまとめました。 もしよかったらのぞいて見てください。 さてさて 心スマイルの家には、選択登校の生徒さんたちが10名くらい来ています。 心スマイルの家は 群馬県高崎市で【子どもたちに心の笑顔を】をモットーに 心の居場所作りをしています。 10人の選択登校の子たちといろいろとお話をしていると、

      • 学校の先生を辞める③

        わたしの学校の先生のスタートは ある村の中学校の数学の先生でした。 1年生の副担任で、男子バスケットボール部の顧問。 すべてが初めてで、右も左もわからないままのスタートでした。 まずは赴任先の先生方に挨拶をし、早速中学1年生を入学式で迎え入れる準備です。 同じ学年の先生たちと毎日準備に明け暮れました。 その学年の組織のことを決めたり、名札を貼ったり、 名簿を準備したり、そうじしたり・・・などなど。 そして、あっという間に入学式を迎え いよいよ生徒さんたちが学

        • 学校の先生を辞める②

          私が将来の夢を 「学校の先生」 と書き始めたのは、 小学2年生の頃。 担任の先生の丸付けをする音に なんとも魅力を感じた という素朴な憧れからでした。 その後、一時期は 医者を目指していた頃もありましたが 最終的には国立大学の教育学部へ進学し 教師の道を選びました。 大学時代は数学専攻でしたが 幅広い教育に触れたくて 副専攻という制度を利用し 障害児教育についても 数学と同じくらい学び、 一種免許を取得しました。 アルバイトも、教師になるため

        幸せになるためには?

          学校の先生を辞める①

          私は学校の先生を辞めたことが2回あります。 1回目は初任で勤めた中学校の2年目に。 2回目は再度正式採用になった小学校で、2年目に。 このような話をすると、 今までは 「もったいない」 「3年続けてみないとわからないのに」 「親不孝」 などなど いろんなことを言われたこともあります。 だから、私はあまり人に言わないで生きてきました。 特に2回辞めたことは ひた隠しにし、 「先生やめたんです」くらいで生きてきました。 しかし、あの頃から時代が変わり ようやく自分の

          学校の先生を辞める①

          合わないことがあってもいい~学校の先生を辞めた話~

          こんにちは!心スマイルの家です。 心スマイルの家では、心がスマイルになる記事をあげています。 今日は「合わないことがあってもいい~学校の先生を辞めた話~」という題名で書いていきます。 私は、学校の先生を2度辞めています。 1度目は、初任の時に赴任した中学校で、過労や心労が重なり、体調を崩して辞めました。 しかしその後、「ほかの学校や校種なら、学校の先生できるでは?」と思い、もう一度、臨時採用の教員として特別支援学校に勤めました。 それと同時に教員採用試験の勉強に励

          合わないことがあってもいい~学校の先生を辞めた話~