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Open-Close-Meta: ミーティングのデザイン

今日はミーティングの「デザイン」について、自分が最近実践している方法をご紹介します。「Open-Close-Meta」と呼んでいます。これたぶん、どんなミーティングにも応用できるものだと思うので、今日の投稿を読んで興味を持った方はぜひ実際にやってみてください。(ミーティング中に声高に宣言せずとも、こっそり心がけるだけでも少し違うと思います。)

不毛なミーティングを避けたい

貴重な時間を使ってミーティングをアレンジするなら、できれば有意義なものにしたいものです。

でも現実は…

● なんとなく集まって意見を言い合うだけのミーティング

● 結論が先にわかってしまっているミーティング

● 発言する人がいつも決まっているミーティング

こんな状態に陥りがちだと思いません?

極端な例だと「どうせミーティングなんてやっても意味ないじゃん」と思ってしまう方も少なからずいるかも知れません。

そこまで行かなくても、いつものミーティングに、違和感、不満、消化不良などを感じてらっしゃる人はかなり多いんじゃないでしょうか。

そういう不毛なミーティングは避けたいと思いつつも、いつも雰囲気や慣習に流されて態度を変えることが難しい…。

ーー 自分自身も少し前まではそうでした。

改善したい欲求はあるけど…

じゃあ、どうやってミーティングの中身を改善していくか、というテーマにぶち当たるわけです。このテーマにはたくさんの人が悩んでいるようで、いろんな分野で様々な人が試行錯誤を重ねています。よってこれ関係の本もたくさん出版されてますね。

実はその手の本を僕はあんまり読まないです。ミーティングの在り方に対して問題意識は感じつつも、それ系のHowTo本はどれも似たりよったりな感じがして「買って読む」「時間を割いて勉強する」ほどのモチベが確保できませんでした。

しかし、ミーティング改善のための直接的なテーマではなく、別のところで改善策のヒントに出会うことができました。教育の分野の本です。授業のデザインを考察している人たちが書いた本ですね。

質問づくり、という手法

たしかに授業もミーティングみたいなもんですよね(すみません、テキトーなこと言いました…)。

『たった一つを変えるだけ: クラスも教師も自立する「質問づくり」』というこの本は、先生が生徒に問いかける(考えさせる+答えさせる)という従来のやり方には限界があるんじゃないか?という問いから出発し、20年に及ぶ試行錯誤のすえに、実地体験から編み出された「質問づくり」という手法について解説されています。

先生が質問をつくるのではなく、生徒が質問をつくる、という逆転の発想が提案されています。先生が質問をつくる従来の一般的な授業では、どうしても先生が前提にしたフレームの中で生徒は答えようとします。このような授業形態が継続すると、その結果として、生徒の思考が先生の存在に依存してしまい、「自律的に考えて、発問して、問題を解決する」という(今の世の中、本当に必要な)能力が発育するのを阻害してしまう。これが仮説ではなくて、現実問題として起こっていた教育現場で「なんとか事態を打開しよう」という試みから生み出されたのが「生徒が質問をつくる」という手法です。

質問の焦点となるテーマをトリガーするのはもちろん先生の仕事です。当然カリキュラムの意図という上層のレイヤーがありますから。また、カリキュラム全体にこの手法が適用されるというよりは、抽象度が高い課題に対して部分的に適用することが味噌のようです。

Open(発散)、Close(収束)、Meta(振り返り)

この質問づくりの手法を的確に進めるために提案されている骨組みが、この投稿の肝である「Open-Close-Meta」という考え方(捉え方)です。この考え方を少し緩く簡略化する + 一般的なミーティングでも使えるように少し抽象化したものを今日はお話します。まず「Open-Close-Meta」を箇条書きで示します。

Open(発散)
とにかくアイデアを出す。目的を意識しすぎない。互いの意見を批判・判断しない。出てきたものを出てきたまま記録する。ブレスト的。

Close(収束)
求める結果に向けて、情報やアイデアを分析したり、統合したりする。

Meta(振り返り)
Open/Closeのフェーズで考えたことや学んだこと、アイデアが辿ったプロセスを振り返る。

この3フェーズに分けてミーティングをすると、「今なにを話してるの?」という不安な状態に陥ることを防げます。全体のどこに今いるのかを見失わずに済む、というわけです。ミーティングに地図を持ち込むような感覚ですね。実践では、ミーティング全体をこのフェーズ割りにしてもいいですし、部分的に(再帰的に)このフレームワークを当てはめてもよいと感じています。

また、参加者が取るべき姿勢がOpen、Close、Metaそれぞれに割り当てられているので、気兼ねなく思い切って意見が言える可能性が拓けると思います。

・Openのフェーズではとにかく自由に発言することが推奨される

・Closeのフェーズでは現実的で戦略的な意見が尊重される

・Meta(振り返り)ではそれぞれの意見を俯瞰して眺めることが促される

こうやって書き出すと、それぞれのフェーズに対して得意不得意を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか? そうです、これ全部に対して得意になろうと頑張らなくて良いのです。ミーティングに参加した人たち個々人の得意な部分を合わせましょう。みんなが不得意な部分は補い合いましょう。頭を捻りましょう。やってみると結構楽しいですよ。

また、こうしたミーティングへの取り組み方をすることで思わぬ副産物が手に入りやすくなります。それは、ミーティンググループの中での平等性が向上する、ということです。

みんなで議論するからミーティング

参加者間の平等性が高まると、効率的に議論が進むようになると思います。少なくとも僕はそう感じます。ミーティングの外でのヒエラルキー(上司/部下、経験者/未経験者…など)を引きずったまま対話を進めるだけなら、まぁ正直ミーティングの意味は薄いですよね。「話してみないとわからない」ことがあるからわざわざ集まってミーティングするのであって、結果がわかっている、もしくは、いつもと同じ発言をするだけなら、それこそ単なる指示出しで良いのではないかと思います。

もしあなたが日々のミーティングで閉塞感や風通しの悪さを感じていらっしゃるなら、ぜひ一度「ミーティングのデザイン」を見直してみてはいかがでしょうか?

意外と皆さん、小心というか、おっかなびっくりというか、そういう性格的な部分が潜んでいたり、自分でもよく理解できないもやっとした不安などがあったりするものです。見た目にはそうは見えない人(活発に発言する人)にも、実は内面的にはそういう部分があって、本当の意見をまだ言っていないかもしれません。

人間はなぜか背景が安定すると自由にふるまえるものです。ミーティングのデザインはそういう人間の心理をうまく利用して、価値のある発言を促すためのツールだと考えています。


SN

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