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サンタクロースっているんでしょうか?

 ショッピングモールのイベント広場に、大きなクリスマスツリーが飾られていた。コロナもどうにか落ち着き、これから年の瀬に向けて、街の装いも例年通り変わっていくのだろう。
 クリスマスにプレゼントを贈ったり、もらったりすることはもうない。せいぜいケーキを買ってきて自分らで食べるくらいで、それはそれでささやかなクリスマス気分にひたれるが、子供の頃の、サンタクロースを待ち焦がれた時間は懐かしくもある。

 と、懐かしいなどと言いながら、サンタクロースがいることをかなり遅くまで信じていた。
 子供の頃の家には煙突があった。しかし、それは母屋とは別棟の、風呂場のごく細い煙突だった。当時は薪で風呂を焚いていて、その風呂釜の煙を逃すための煙突なのだが、直径がおそらく十センチほどしかなかった。そんな細い煙突を、サンタがどうやって通ってくるのか不思議だった。

 クリスマスイブは、やはり枕元に靴下を置いて寝た。ほしいものを紙に書いて入れておくと、サンタが望みを聞いてくれるかもしれないというので、おもちゃの名前を書いて入れた。
 サンタはこどもが寝静まってからやって来るという。両親はサンタが来るまで起きて待っているのだろう。
 両親の言葉のはしばしからすると、両親とサンタは知り合い同士のようだった。サンタは白いひげをたくわえたガイジンのはずだが、両親と言葉が通じ合うのだろうか。大きな体であの煙突をどう降りてくるのかもわからない。きっと煤まみれになるはずだから、家の中で着替えるのだろう。その前にお風呂に入るのかな。
 そして、両親から「どうも」とか挨拶をされて、こどもの枕元まで案内される。サンタは大きな袋からプレゼントを取り出して、靴下にそっと忍ばせる。
 翌朝目覚めて跳ね起きると、枕元の靴下がふくらんでいた。「来た!」と声をあげ中を探ると、サンタからのプレゼントが詰まっていた。靴下に入りきらないプレゼントの時は、枕元の畳の上にそのまま置かれていた。靴下はなぜかなくなっていた。

 こんなクリスマスを、小学校の高学年くらいまで過ごしていただろうか。それまでサンタクロースについて、両親にいろいろ質問したはずだが、サンタなんていないという話を聞かされることはなかった。普通の子供ならもっと早い時期に、友達から聞くなどして知るのだろうが、そんな経験が遅くまでなかったのか、鈍感な子供だったのか。
 いずれにしても、大人になってから母親に「信じてたでしょ」とからかわれた。

*  *  *

『サンタクロースっているんでしょうか?』という絵本がある。
 これは、一八九七年にアメリカの『ニューヨーク・サン』紙に掲載された社説を、一九七七年に絵本として翻訳出版したものだ。社説を書いたのはフランシス・P・チャーチという記者で、東逸子がイラストを描き、中村妙子が翻訳している。
 ある日『サン』紙あてに、バージニア・オハンロンという八歳の少女から、次のような手紙が届いた。

きしゃさま
あたしは、8つです。
あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。
パパにきいてみたら、「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」と、いいました。
ですから、おねがいです。
おしえてください。
サンタクロースって、ほんとうにいるんでしょうか?

 これに対する返事をチャーチは社説に書いた。チャーチはその中で、サンタクロースなんていないという友だちはまちがっていることを説き、こう続ける。全文でもそう長くないが抜粋する。

そうです、バージニア。
サンタクロースがいるというのは、けっしてうそではありません。
この世の中に、愛や、人へのおもいやりや、まごころがあるのとおなじように、サンタクロースもたしかにいるのです。
 
サンタクロースをみた人はいません。
けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。
この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから。

目にみえない世界をおおいかくしているまくは、どんな力のつよい人にも、いいえ、世界じゅうの力もちがよってたかっても、ひきさくことはできません。
ただ、信頼と、想像力と、詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンをいっときひきのけて、まくのむこうの、たとえようもなくうつくしく、かがやかしいものを、みせてくれるのです。

 八歳の子供が理解するにはやや難しいかもしれないが、掲載されたのは新聞の社説だ。子供への私的な返信という形を借りて、一般の大人に向けても書かれたものと言ってよい。
 大人が最初からこれを大人向けのものとして読んだら、虚心に読むことは難しいだろう。あくまでも子供に語りかける体裁をとっているので、大人の分別から自由に読むことができる。

 訳者の中村もあとがきに書いているように、この本は子供と、「かつては確かに子どもであったおとなの方がた」も読むべきものだ。と言うより、大人こそが読むべき本だろう。
 目に見えるものしか信じられない大人になって、目に見えないものの大切さに気づくのは皮肉なことだ。この本が今なお読まれ続けているのは、そんな大人の心の片隅に、目に見えないものを見ようとし信じようとする、子供の心が残っているからだろう。

*  *  *

 大人になったバージニアは教師になり、学校の副校長まで務めたそうだ。そして一九七一年に八十一歳で亡くなった時、『ニューヨーク・タイムズ』は「サンタの友だちバージニア」という見出しの一文で、バージニアの死を悼んだという。


記 事 索 引

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