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スイートセブンティーンと牛の肛門

【前置き】
ときは2000年代。私は東京の中高一貫の私立の女子校に通うことになる。
テレビ・携帯電話なしの生活で世間から隔離され、私たちはガラパゴス諸島の動物たちのような独特の進化を遂げていくことになる。
そんな中高時代の思い出をつづります。

高校2年生といえば修学旅行。今どきの高校生はどんなところに行くのだろう。
ディズニー? 沖縄? もしかして、ハワイ?
 
私たちは、もちろんそんなところには行けない。私たちが連れて行かれたのは栃木の牧場だった。
 
やることはもちろん、労働。私の班は牛舎のペンキ塗りだった。極寒の2月。手が震えるなか、牛舎の古びた柵に白いペンキをひたすら塗り続けた。
 
友人は焼き芋をするための焚火の落ち葉を集める係だった。ふと牧場で飼っている犬と目が合い、その瞬間、犬が友人にロックオン。ダッと友人めがけて走り出し(繋がれてない)、友人は犬を振り切ろうと牧場中を走り回った。
 
「ぎゃああああ!」
叫びながら逃げる友人。カゴに集めていた山盛りの落ち葉が、走るスピードによって風に吹かれてどんどん落ちていく。空のカゴを持ちながら逃げ回る友人を見て、みんなで腹がよじれるほど笑った。どうにか友人は犬から逃げきれたが、集めた落ち葉は1枚も残っていなかった。
 
そんな牧場生活のなかにも娯楽があった。それは、トラックの荷台に乗せてもらえること。今考えるとそれの何が楽しいの? としか思えないけど、あの頃は『農場でトラックの荷台に乗せてもらえるんだって!』と本当に楽しみにしていた。戦後すぐなの? いえ、2000年代の話です。
 
クラスの半分ずつが荷台に乗って、牧場内をぐるりとトラックが走る。
「牛だ!」
「山だ!」
「川だ!」
トラックの荷台に乗ることの何がそんなに楽しかったのか、今となってはまったく思い出せないけど、私たちは相当はしゃいだ。何かわからないけど、笑い続けた。あまりにも楽しそうにするので、運転手さんは特別に牧場をもう1周してくれた。
 
2日目。私は班のメンバーと一緒に黙々と牛舎にペンキを塗っていると、
「君たちだけ特別だよ」
と言って、牧場のスタッフたちが私たちを牛舎の中に呼んだ。そこには妊娠中の雌牛がいる。
 
「特別に牛の赤ちゃんを触らせてあげるよ」
と、スタッフが言う。
「今から生まれるんですか?」
「違うよ。手を入れて、触るんだよ」
「手を入れてって、どこから……」
「肛門だよ」
「肛門!?」
君たちだけ特別だよ、と何回も言われたけど、私はそんなことしたくない。牛の肛門から手を入れて、牛の胎児を触るなんてことを。班には6人いたので、牛も6回肛門を捧げなければならない。私が牛だったら、絶対にしないでほしい。
 
「生まれる前の牛の赤ちゃんを触ることなんてないでしょう?」
なくていいんだよ、そんなことは。しかし、神秘的な体験をさせてあげるというような感じで、あれよあれよと準備が進んでいく。
たしか、直には触らなかった。長いゴム手袋か何かをして、牛の肛門に手を入れる。肛門には抵抗力があって、簡単には入れさせないぞという気概を感じる。それをえいや! と乗り越えることで、手が牛の体内に入っていく。
 
「このあたりに塊があるでしょ? これが牛の赤ちゃん」
そう言われても、わからない。牛の体内は生温かくて、ブニブニしており、何が塊で、何が塊じゃないのかが、わからなかった。これかなあ? とか言って、体内を詮索するのも牛に悪い気がして、
「あ! これか~これが牛の赤ちゃんか~」
と言って、早々に手を引き抜いた。ゴム手袋には肩までびっちり牛の糞がついていて、母から借りたウィンドブレーカーにも少しついてしまった。
 
その後、牧場のスタッフから『牛の胎児を触った6人』として、クラスの集まりで大々的に紹介された。私たちは、クラスメイトから『牛の肛門に手を入れた人たち』という目で見られた。私たちだけ特別だったのに、誰もうらやましそうにはしていないし、クスクス笑われた。
 
牛の肛門に手を入れて糞だらけになった、スイートセブンティーン。また、少女漫画とかけ離れた世界線に来てしまった。寮に帰ってから、牛の糞がついたウィンドブレーカーを洗面所で洗うのが申し訳なかった。ウィンドブレーカーを貸してくれた母にも申し訳ない。
 
牛の糞にまみれる環境下でありながら、同じ班のみゆきちゃんは牧場のスタッフに恋をしていたから、スイートセブンティーンってのは恐ろしい。

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