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【外典】「とある画家の手記」

この世界に散らばる数多の色の意味が知りたくて。
この世界を織り成す色たちはただただ美しいのだと。
あの日まで…そう、あの日まで…固く…盲目的に信じていたのだ。

でもそんなの嘘。

強きが弱きを虐げ、罪のない人々が淘汰されてゆく。
なんて…なんて理不尽で、合理的で、狡猾な、人の欲に塗れた世界。
風に幼子の悲鳴が混じり、血の匂いが滲む。

助けを求める人々の声。
腐敗した水の臭い。
痩せ細った、骨と皮だけの少女の手。
口にした瞬間吐き出してしまいそうな劣悪な食事。
目の前の少年の頭が銃弾で吹き飛ばされ血飛沫が上がる。

これが、同じ地球上で起きている出来事だというのだろうか?

ニュースやテレビで連日報道される民族紛争の様子は知っていた。
だか実際に現地に赴き、目で見て、肌で感じ、鼻で臭いを識り、口内に充満した汚物を吐き出し、人々の断末魔を耳にし、正気を失いそうだった。

自分が見てきた美しい世界はなんだったのだ?
自分が花よ蝶よと美しいもの愛でている最中にも、眼前ではテレビの電源を切るかのように人間の生命が消えていく。

でも……ああ、それでも。

目の前で少年の頭が吹き飛んだあの瞬間でさえ。

私はその鮮血の美しさに魅入ってしまっていたのだ。

あの色はどうすれば表現できるのだろうか、とか。
あの噴水のように盛大に吹き上がる体液はどうすれば表現できるのだろうか、とか。


悦びに震えた一瞬だったが、同時に恥ずべき、忌むべき感情であることも瞬時に悟った。


こんな私が、一体誰を愛するというのだろう。


それでも、私は筆を取らずにはいられなかった。

描かなくては。
描いて、描いて、描いて、後世に遺さなければ。

そして私は渇望する。
私の遺伝子の受け継ぐ誰かが。
【私と同じ世界を視ることができる誰か】が。

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私の歩んできた軌跡をなぞり、重ね、『私の作品』を【正しく解釈してくれる】ようにと願う。


そしてどうか。
どうか世界の…あの美しい、虹色に彩られた世界の可能性を諦めないでほしい。
この世界は美しいばかりではない。
汚濁し、目を逸らしたくなるような凄惨な事件や出来事なんて、星の数ほどあるだろう。

だけれど。
だからこそ。

この世界に生まれた奇跡を。
望まれ、愛されて生まれてきたことを忘れないで欲しい。

今、私にできること。
『現在』を生き抜くこと。
そして生命を、想いを、次へと繋ぐこと。
私が女として生を受けたのは、きっとこの為なのだと。
絵を描く事以外で、心からの幸福と歓びを噛みしめることができたこと。

それが、私にとって最高の幸せなのかもしれない。否、そうなのだろう。


燃え尽きた灰のような雲は流れ、清浄な雨が降り、世界は浄化される。


そして空に掛かる、あの一条の虹。

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血臭が絶えない戦場で見たあの美しい二重の虹を。

私は生涯忘れることはないだろう。

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とある画家の手記。
懺悔なのか。未来への福音書なのか。
「偽典」の中でも「外典」の烙印を押されたかの手記に救いはあるのだろうか。

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