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草木が揃って緑になるこの季節は、いつも思い出す。
木漏れ日が差し込む緑の森を迷った時間のこと。

「君、ヘラヘラしたフリをして、本当はよく人のことを見てるでしょ。」

ジリジリと日の当たるコンクリートを避け、緑道の足元ばかり気にし、下を向いて歩いていた私は、急に投げかけられたその一言に、思わず立ち止まってしまった。

「私が、人の目を気にして生きているように見えるってこと?」

図星を隠すように咄嗟に聞き返した私に彼は一言、まぁ、と相槌を打ち、また歩き出した。

彼は同じクラスの比較的物静かな部類の男の子で、同じ文芸部の活動中以外はほとんど話すような仲ではなかった。

そして今日は「文芸散歩」と先輩が称した謎の部活行事で、緑の多いこの山道を歩き、時間内に文芸作品を作って、次の部活中に発表し合うという、なんとも学生らしい贅沢な時間の使い方をした休日である。

彼はクラスの中では目立たない存在といえど、文芸界隈では特に難しいとされている俳句や短歌の部門で優秀な成績を残している生徒で、部内でも一目置かれる存在だった。

ありふれたポエマーに毛が生えたような詩や小説を専門としていた私にとっては未知の感性を持っているタイプの人間で、こちらが勝手に食わず嫌いをしているような、そんな距離感だった。

そんな私たちが2人で一緒にいることになるとは、全くの想定外だったのだが、例の散歩道でなぜだか同じ方向に進み、そしていつのまにかずいぶん遠くまできてしまったわけである。

どちらが最初について行っただとか、私が方向音痴だっただとか、そんなことはこの際どうだって良い。

ただ、なんとなく苦手だと思っていた人間と2人きりの時間は歯痒いもので、どうやり過ごそうかばかりを考えていた。

「人に嫌われたくないと思って生活するってどんな感じ?」

でた。
彼を苦手だと思っていたのはまさしくここで、さも純粋そうなトーンで、その人が内に秘めているような痛いところを見透かして突いてくるところである。

「人に嫌われてもいいことはないから、できるなら誰からも嫌われたくないよ。」

隠しても無駄だと感じた私は正直に言う。前髪を掠めたゆるやかな風、額の汗が冷えるのを感じた。

「でもさ、どうしても合う合わないってあるじゃん。君が僕を好いてないみたいに。」

それまでとなんら変わらないトーンでそんなことを言う。

「それは、私があなたをよく知らないだけだから」

「じゃあもっと知ろうとしてみなよ」

前を歩いていたはずの彼が急に振り返って真っ直ぐ見つめてきたので、思わず視線を逸らしてしまう。

''知らないことは、怖いことなのか。''

前にどこかでみたタイトルだけが頭をよぎった。
わたしは、知らないのではなく、知ろうとしていないだけだった。

嫌われたくないって、わたしの心はどこかに置き去りでも良くて、おかげで周りから知ろうとされないわたしは周りを知ろうとしていなかった。

ただうわべだけ、生活をこなし、知らない、理解できないものは遠ざけてきた。

知ろうともしていないのに、それをNoだと決め付けて生きていた自分を思い知らされてしまい、返す言葉が見つからない。

「..こわくないの?」

「こわくない、生きやすいよ」

「クラスに友達いないのに?」

「僕は別に、話の合わないクラスメイトより、大事な友達が一人いればいいから。」

嫌味を言ったつもりだったのにきっぱりとそう言い切った彼は、何故か私にはとても眩しく見え、なんだか悔しかった。

「もう少し楽に生きても、誰も文句言わないだろうよ」

次の上手な言葉を私が見つける前に、彼が遠くに先輩の姿を見つけ歩みを早めたせいで、私もつられて早歩きになる。

背中を見つめながら、ありがとうの5文字がひたすらに脳内をこだまする。

何も言えない罪悪感に唇を噛んだとき。

「じゃあまた、学校で。」

一瞬振り向いた彼が素っ気ないフリしてそう呟く。

「うん、ありがとう」

木漏れ日が風に揺れ、彼が少し笑ったように見えた。

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