結婚式場の正体
これもAさんに聞いたお話なんですが。
三十年近く前、八王子の市街地からはかなり離れた高尾山に近い場所にある結婚式場を造る現場に居られたそうで。
「Aさんさ、おかしいんだよ」
昼休みを利用して散髪に行って来た仲間の一人がやけに深刻そうな顔をして声掛けて来たんです。
「おかしいって何が?」
Aさんが聞き返しますとこのお仲間、現場近くの床屋さんで髪を切ってもらってる間中、お店の方から居合わせた別のお客さんまでみんなに、
「あそこって葬儀会場なんでしょ?!」
と言われたんだそうで。問い質すと言うよりはやけにその点に確信ありげな感じ、謂わば念を押す感じの言い方だったといいます。
「ここって結婚式場だよな?」
「そう図面にも書いてあるだろ。ましてやここのオーナーは結婚式場でお馴染みのT社なんだし」
そうAさんは答えたものの、言われてみれば胸を張って「造っているのは結婚式場だ」とは言い切れない不思議な点がいくつかあった。
工事は七割方出来上がりつつあって今は内装工事の追い込み時期。どの部屋がどういう目的の部屋か、がある程度見えている段階。
まず不思議なのは近隣からやけに目の敵にされている点。特に現場の直ぐ隣がお花屋さんなのですが、ここが何かというと苦情を言ってくる。
聞いた話ではオーナーであるT社がこのお花屋さんとの取引を一切拒絶した、その腹いせで当たりがキツいのだ、と。
T社と言えば当時は全国的にも有名な結婚式場のチェーン店であります。チェーン店というのは飲食店でもそうですが、ブランドイメージを保つため出入り業者から発注先に至るまで全てを統一する傾向があり、T社も専属の花屋を固定していた為、街場の花屋さんの出入りを拒んだのでしょう。
しかし、大口の祝い花だとかはともかく飾り付けの一部の生け花ぐらいは“地元孝行”で頼めばいいのに、とAさんは思っていた。
更に不可思議なのは車輌搬入路でありまして、食材やら何やらを搬入します車輌は玄関口の脇にあるスロープを降りて地下一階へと行くのですが、建物内への入り口は建物の裏手をグルリと回り込んだ外からは絶対に見えない場所に設けられておりましてね。
まるで人目につくのを怖れるかのように。
更に最も不思議なのは建物の中でありまして、建物自体が大きな物ではないので一フロアに30~50人規模の結婚式会場が一つ配置されているんですが、その横に畳6畳の家族控室が設けられていて、それと向かい合わせで何故か厨房が配置されている。
地下一階に大がかりな厨房が設置されているのに、何故わざわざ家族控室の真向かいにも厨房が必要なのか?
しかもこの厨房、中はがらんどうで流し台や冷蔵庫の類いが入っていない。
それもこの厨房の出入口はごく普通サイズのドアが既に設置されているのでこれからプロ用の大きな厨房機器を搬入するのも無理な話。
おまけに床や壁のカラーリングも厨房には似つかわしくない濃紺。
さすがに不審に思ったAさんは、水廻りの工事を担当している業者のリーダーを人目につかない場所に連れ込んで問い詰めた。「吐け」と。
業者は「誰にも言わんで下さいよ」と念押しをした上で、教えてくれたんだそうです。
実はこの時造っていた建物は表向き“結婚式場”となってはいるけれども、実は葬儀会場……今で言う『セレモニーホール』というやつだったんです。
T社というのがそもそも“互助会”がルーツにありましてね。
「じゃあ、あの“厨房”ってのは……」
「御遺体をお清めする部屋です。だから家族控室の前にあるんですよ」
まぁ、考えてみますとその場所、公営の火葬場と目と鼻の先の位置ですから、むしろそんな場所に結婚式場を建てる方が不自然なんですけどね。
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