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客寄せパンダと招き猫

これは自分語りになってしまうのですが、ひとつのクリニックで20年以上、働き続けるにあたって、心がけてきたことを、少し書いてみようと思いました。
というのも、きっかけはある方のツイートでもあったのですが、同業の方のお話を聞くにつけ、1ヶ所で20年以上働いている人って少ないのではないか、と、はたと気づいたからです。


1.時代背景

2002年。その頃は、公認心理師という資格はまだ生まれていません。臨床心理士という資格はずいぶんと知られるようになってきていました。
スクールカウンセラーは全校配置されていましたが、現場の先生方にはうまく周知されていない頃。
緩和ケアなど、総合病院で働く心理士は「すきま産業」と、活躍の場を自ら切り開いていくことを語り合っていたものです。
少し年上の心理職からは、精神科医や精神病院の看護師への恨み節が炸裂するような、そんな時代でした。
臨床心理士という名前は知られてきたけれど、その心理職をどううまく使ってもらえるか、各自で心がけなくてはならない風潮がありました。

家に近くて通いやすそうだからという基準で選んだ精神科クリニックの院長は、幸い、これまでも心理職と仕事をした経験のある人でした。
院長から最初に求められたのは、「相談室に閉じこもらない心理士になれ。閉じこもり心理士になるな」。

そして、私が考えたのは、いかに職場に有益な人材になるか、でした。
なにしろ最初は非常勤。修論を出す前から働き始めることになり、初日の出勤は土曜日だった気がします。
不安定な雇用というのは、つまり、自分が職場に必要ではないと判断されたら、雇用が継続しないということです。
自分の雇用を継続させるにはどうしたらよいか。
そのことばかりを考えてきたように、思うのです。

2.コスパが悪い

心理職というのは、大変、コスパが悪い職業のひとつだと思います。
全額私費でカウンセリングを提供するとして、できれば1時間枠に1人にしか施療できず、価格帯は5000円から2万ぐらいでしょうか。そこはキャリアや土地柄、ネームバリューで変わってきます。逆に言えば、せいぜい1時間1万程度までしか稼げない。
心理検査は保険点数がつくものが多くありますが、それらの点数も、心理検査の施行から所見の作成とフィードバックまでを担う心理職の時給をまかなうほどではありません。
だから、保険点数の付与や値上げを期待する気持ちもわかりますが、そうするとサービスを受けられなくなる層が出現したり、保険点数を上げる分はどこかが下げられるという政治的な闘争に乗り込んでいく職業団体としての覚悟と努力が必要になります。

ところで、職場をぐるりと見回してみましょう。
看護師業務の全てに保険点数がついているわけではありません。
受付事務の業務にしたって、その一つ一つに単価がついているわけではありません。
しかし、彼らは雇われている。
それは、彼らにしかなしえない業務があり、必要だたから雇われているのです。
心理職である自分もそうなればいいじゃないか。
院長という限りあるリソースを使い潰さないために、診療の下請けとしてカウンセリングやインテークを引き受けることも大事ですが、それだけでは足りない。
そこで、私が自分なりに考えた心理職しかできない役割は、対外的には客寄せパンダ、対内的には招き猫となります。

3.客寄せパンダになれ

カウンセラーがいるということは、いまだに多く、初診時のクリニックの選択を左右します。
カウンセリングを受けたいから、カウンセラーがいるからという御希望はありがたいものです。
その御希望すべてをかなえるとは限りませんが(病状その他により、保険医療としてカウンセリングが治療に有益で適切かどうかは、最終的に主治医が判断します)、そうして期待をしていただけるように、職場のホームページなどで心理職がいることはアピールしてきました。

ここに心理職がいます!とアピールすること。
それは、他院、他機関との交流の場でも、どんなカウンセラーがいるかを見せ続けることも有益であると学びました。
地域の会議に出るほか、各種勉強会などの懇親会、単発のボランティアなどに参加しては名刺を配ること。
私は熱心ではありませんでしたが、学会発表をすることも、私にできる広報活動です。
そのうちに講演や研修の機会を得られるようになり、自分でも研修を開催するようにして、ここに私がいますという主張を、クリニックの名前を背負って行ってきました。
これが、私の客寄せパンダ活動です。

4.招き猫であれ

同じ職場で働く他職種の方たちにとっても、最初は心理職はなにをする人かわかってもらえないところから始まりました。
わかってもらえていないなら、どうやったらわかってもらえるかを考えればいいだけのことです。
看護師さんに陪席してもらったり、心理教育に使える資料を作成して提供したり、構造化面接の心理査定の勉強会を一緒にしたり。
受付事務の方たちには、クレーム対応を交代したり、伝えにくい情報の伝え方を一緒に考えたり、あるいは、院長との間に入ってみたり。
普段からこまめに各スタッフと会話することで、心理職と話す心地よさを体験していただくよう心がけました。
要は、この人にはなにを頼むことができるか、なにを任せることができるか、体験してもらいながら、学んでいただいたようなものです。

時には、対人トラブルが発生した時に、情報収集を兼ねて、スタッフの情緒的な安定を取り戻すような援助をさせてもらったこともあります。
いつもいつも自分がうまく立ち回れたわけではないですし、どうしようもできなかったことも多々あります。
中には、私を気に入らなかったというケースもあったと思います。
そこは自分の不徳のいたすところであると同時に、相性だけはどうにもできないところでもあります。

それでも、普段は忘れていても、なにか困った時にあの人に相談してみればいいと思い出してもらえるような存在になること。
体調を崩して、月の半分は仕事を休まねばならないようになって、余計にそういう場を落ち着かせる重石としての機能を、逆に意識できるようになった気がします。
不在にせずにはならないからこそ、存在を考えるようになったのです。
そこにいるだけで場の安定や安心に寄与するような存在になること。
いわば、お店の隅っこでちょんと座った招き猫のような存在として、クリニックにいられたらよいなぁと思うようになりました。

もちろん、しっかり聞き耳を立てて、情報を拾っては院長との連絡相談は密にしています。
一番の古株スタッフであるからこそ、距離ができがちな院長と若手スタッフとの間をつなぐことも、今の私だからできることのようです。
要は、雇用主にこいつがいると便利だ、と思わせること。それが自分の雇用の継続に必要なことだと考えてきました。

5.閉じこもらないで

自分自身が若手を採用する側になり、育成する側になって感じること、思うことがあります。
臨床心理士の歴史が長くなり、そこに公認心理師の資格もできました。
心理職が増えて、一見、心理職という職業がおのずから成立しているかのような感覚が、最近、この職業に就いた方にはあるのかもしれません。
自分の活躍の場を切り拓く時代は終わり、就労の場は最初からあるものだという感覚だったとしたら、専門職としては伸び悩むかもしれないと私のほうが見ていて危機感を持つようになりました。

心理職は与えられたケースのカウンセリングだけやっていればいいという考えだと、私の職場では淘汰されます。
そういう姿勢でいると、相談室から出てこず、他職種と交流しない、閉じこもり心理職になってしまうからです。
そうなると、職場全体の中では存在が希薄になります。
その人の職場への貢献度が見えなくなり、期待度も下がっていきます。
そうなればなるほど、任されるケースも、より軽症な、あまり難しい技法を必要としない、場合によってはカウンセリング自体あってもなくてもいいような、そんなケースになっていきます。
ケース自体が減っていくこともあるでしょう。なにしろ、存在感がなくて、期待もされていないのですから。
つまり、職場に必ずしもいるわけではない人材になっていくわけです。

そうして、契約更改の時期が近づくにつれて、誰を残す、誰に辞めていただくといった話し合いを上司として、それを誰が部下に伝えるかという押し付け合いが始まります。
穴ができるなら新しい人材確保も必要になりますし、採用したら育成も始まるわけです。
その手間を考えても、いても仕方がない人にいつまでもいてもらうほど、甘くはありません。
なにしろ、心理職の人数自体はたくさんになりましたから。
もちろん、伸びよう、学びたいという姿勢を見せてくれる人材は、よっぽどのことではない限り応援したいものです。
どうか、自分はここにいるんだ、こんな風に役立っているんだと見せること、プレゼンテーションを身に着けてもらいたいものです。

ここに書いたことは、独立して開業している方には無縁のことです。
でも、もしも、どこかで雇用されている方であるなら、どうか、1度考えてみてください。
雇用主にこいつがいると役立つと、どう思わせるか。
とっても簡単なことなんですよ。
目の前のクライエントの役にたてばいいんです。
そうすれば、回り回って、職場の評判をあげ、雇用主の満足度をあげ、心理職の職業自体の評価をあげるんですから。
たったそれだけのこと。

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