日本がのんびりならんかなという話

こんにちは、ココノエです。
日本での仕事のやり方がも少しのんびりならんかなという話です。

なぜ日本内でのんびりが必要か

  • 労働生産性の分子である売上と、分母である労働時間が、今の日本の環境ではのんびりやった方が効率が良いのでは

  • 国内に蓄積した資本を海外に投下する方がこれからの日本としては合理的

労働生産性としての合理性

日本が少子高齢化であり、歴史上人口の減少している国が栄えたことのない事実を見ても今の日本の経済は良く言えば成熟、悪く言えば成長を望めない環境にあります。
この環境下でいかに国内の売上を伸ばそうと努力しても同じ国内企業とのゼロサムゲームになる可能性が高く、その労働生産性引いては、その企業の資本生産性を高く持つことは困難です。その困難な割りに、きっちり労力だけはかかる仕事をそもそも少なくすれば、日本の労働生産性は非効率な分母(労働時間)が減る分向上します。
とはいえ、経済的な豊かさをどう維持していくのか、どうするのかという問題がこれだけでは残ります。

資本の論理としての合理性

成熟した国の豊かさは、その豊かになるまでに蓄えられた資本を国外に投資することで維持するのが最も筋がよいです。
成熟した国において、その金融的なリソースを使用し、国外に投資をするというのは、歴史的な事実、資本の論理と、に合致します。

歴史的事実としては、大英帝国が覇権に投資をしたのは、大英帝国前に覇権を握っていたオランダという話があります。
この事実は、世界システム論の中で論じられており、国家の繁栄は順次、生産から商業、そして金融へと移行する(崩壊もこの順で発生する)、形式をとります。

また、トマ・ピケティが示しているように、経済成長率よりも資本の増加率が高いことがわかっています。

とすれば、成熟し金融リソースが多分にある国家は、生産や商業(事業)にリソースを割くのではなく、金融(投資)にリソースを集中した方がより豊かさが増加する結論になります。

まとめ

人も国家もお金が余ると、投資をし、ドンドン豊かさとともに暇になるのは、理論的にも、感覚的にもわかるものがあります。
今の日本はこの環境の変化を肌感的には理解はしていると思っているため、これを以下に実行していくかが問われています。

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