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失敗から見る映像授業の作り方

 実際に授業を作る中で、教員がどのような試行錯誤と失敗をしてきたかを、経緯とともに残しておこうと思います。技術のある人からすればバカバカしいようなことで躓いていますが、同じように悪戦苦闘されている教員の参考や気慰めになればと思います。

 はじめに2点、お断りがあります。
1.私が経験したこと・思考したことを順番に記述するので、わかりやすさやまとまりには欠けます。読みづらい記事かもしれません。
2.記事の途中で失敗作となった試作の動画を公開しています。その後、ある程度形になった動画は実際に生徒へ配信しているものなので、公開することができません。
ご容赦ください。

簡単な経緯

 2020年2月27日、全国の小中学校と高校、特別支援学校に臨時休校を要請する考えを首相が表明しました。
 3月2日、あっというまに日本中の学校が休校になりました。高校は学年末考査、そして卒業式とタイミングが重なっていて、多くの学校が大混乱の中必死に動いていました。

 この時点で、新学期を普通の形で始ことはまず無理だということが明らかになりました。他国の状況等を見れば、4月の日本がどうなっているかは誰でも容易に想像できたからです。少なくとも、教室に40人の生徒が座って一日過ごすのはまず無理です。3月のうちに文科省から次々に通知文書が出ました。それらはICTを用いた遠隔での授業を想定したものでした。ただ、4月というのは1年の中で教員(特に担任)が最も忙しい時期です。新年度に入り、学校から指示が下りてから授業を作るのでは間に合わないのは自明でした。そういうわけで、3月のうちに新学期の授業を作っておかないとまずいな、と思いました。

 3月も下旬、学年末の成績処理が一段落ついてから、動画作成をはじめました。4月の担当教科はまだ決まっていなかったので、まず例として古文の文法で作ってみようと思いました。

しぶしぶ視聴する生徒

 まず始めに生徒観を設定しました。そこで、もし私が高校生で、「動画が配信されているから自宅で視聴して学習しなさい」と言われたらどんなモチベーションになるか想像しました。
 そして、「本来なら娯楽の時間を楽しむための自分の端末で、視聴を強制されている」くらいのモチベーションの生徒を想定しました。
 「これを見なさい」と生徒に指示するのですから、YouTubeで見たいときに見たい動画を閲覧するのとはわけが違います。また、予備校や出版社が映像や教材を無料で公開して、それを自分で閲覧するのとも全くモチベーションが違います。
 おそらく生徒は個人のスマホか学校配布のタブレットかで動画を視聴するでしょう。どちらにせよ、とにかく小さな画面です。この「小さい」とは、教室の教壇と比べて言っています。毎日の学習が一気に狭いものになったという意味で、ただでさえ窮屈です。
 また、音声言語は発話者にイニシアチブがあるという特徴を見落としてはいけないと思いました。文字言語は読み手に主体がありますが、動画は視聴者が客体になるのです。
 そういう意味で、私は無理に映像授業をしなくとも、講義調の文章を配ったほうが良いのではないかと今でも思っています。

 とにかく、小さな画面で自然にしていれば客体になってしまう状態での学習を指示されている。そう考えれば、このくらいネガティブな生徒観で適当だと思いました。
 その上で、私が自身に設定した授業の最低基準は、「生徒が視聴に耐えられる」ことです。また理想は「生徒が面白いと思える」ことです。これは、YouTubeの中でもぼーっと再生していられる動画、くらいのレベルでしょうか。

 そして、日中の仕事が終わってからの時間に、「歴史的仮名遣いのおさらい」の授業動画を作り始めました。2週間くらい試行錯誤していたと思います。

「黒板前授業」

 まず始めに作ったのが「黒板前授業」です。通常の授業よろしく黒板の前で授業をして、その様子を動画で撮影するシンプルなものです。撮影してわかったのですが、これにはメリットとデメリットがありました。あくまで、私が授業者の場合です。

〈メリット〉
・方法が普通の授業と同じなので、簡単。
・教室の雰囲気通りに授業ができるので言葉が出てきやすい。
・編集に時間がかからない。
・(生徒目線)教員の姿と教室の風景が見えるのは安心できる。

〈デメリット〉
・マイクへの音がきれいに入りづらい(ピンマイクがあれば別)。
生徒目線からすれば、どう見ても快適とは言えない

 デメリットの2点目が致命的でした。具体的には、
・同じ説明の繰り返し
・聞き取りづらい箇所
・不適切な助詞(考えながら話したときに出きやすい)
・「えー」「あー」などの不要な発声
・言葉が出てこないほんの一瞬の間 などです。

 これは普段の授業でも全く同じことが言えるわけですが、動画だとめちゃくちゃ目立ちます。ただでさえ録音環境がよくないので、ちょっとした言い淀みがあるとそれだけでかなり聞き苦しくなります。映像で授業をされている予備校の先生がいかに凄いか思い知らされました。自分の授業が下手だということを、今更知ったのです。

ナレーション付きPowerPoint

 結局、こんなひどいものを終わりも見えない休校中に延々と流すのは生徒にも私のメンタル的にも耐えられないということで、PowerPointのスライドにナレーションを吹き込み、mp4ファイルにエクスポートすることにしました。その動画がこれです。

 その後、YouTubeに限定公開して、国語の教員をしている友人たちに見てもらい、率直なコメントを求めました。時間をかけたこともあって結構な自信作だったので、(愚かにも)自慢するくらいの気持ちでいました。

この動画の反省点

 ところが友人たちのコメントは、ショックなものばかりでした。実際に動画を見てもらえばわかるのですが、最初から最後まで通して見ようとすると、猛烈に眠くなるのです。
 高校生に何十分もの長い解説動画を見せるのはだめだろうと思い、「動画の再生時間が10分を超えてはいけない」というルールで作りました。だからこの動画は9分58秒です。それでも、猛烈に眠気を誘います。

 他にも、厳しいコメントをたくさんもらいました。通常の授業でも下手だろうことはともかく、映像授業を作るときの課題として、主なものを列挙します。

1.BGMが邪魔
 カジュアルな雰囲気にして、学習へのハードルを低くしようと思ってつけましたが、中には集中できない生徒がいます。扱いには注意が必要です。

2.語りが一本調子
 黒板前授業での失敗を踏まえ、原稿を用意しました。ところが今度はそのことが裏目に出ました。これが眠気の主原因です。
 人気YouTuberのような抑揚よりも、フラットな解説動画くらいのイメージで語っていたのですが、これを教室で再生したところを想像すると、やはり誰一人起きていないのです。

3.俗説を使っている
 9分過ぎたあたりで、母音の重なりが長音になる説明をしています。そこで、能や歌舞伎の古典芸能の台詞がゆっくりであることを例にあげました。これは客観的事実ではありません。こういった「それって本当?」くらいの知識は、動画だと危険です。教室であれば「あくまで想像なんだけどね」とか「本当かどうか、興味があれば調べてみて、教えてください」といった一言が挟めますし、何より表情やニュアンスで情報の信憑性、重要度を調整できます(これは大事)。ところが動画になると他の解説事項と重みが同じになってしまうのです。軽い気持ちで雑談・余談ができない

情報は、間に挟んだメディアの数だけ上手く伝わらなくなるのだな、と思いました。

4.どこを板書すればいいかわからない
 別にノートを取ってもらう必要はないのですが、こういう質問もありました。一方でもし、「ノートはとらなくていいので聞いていて下さい」という指示をすると、おそらく集中せずに聞き流す生徒もでるかと思います。
 要するに、考えるにしても作業するにしても、授業の中で生徒の活動時間を作ることがほとんどできていないのです。あるいはそのメリハリがないのです。

5.私が授業をする意味がない
 「出来は悪くないけど、これじゃ誰がやっても一緒だよね」と。つまり、「他の動画でもいい」ということです。これは何かを解説する動画としては成立している、という意味で捉えれば、喜べないこともないのですが。
 また、原稿を作る上で、生徒の手元にある教科書や文法書と、説明の順序や方法が乖離しないよう意識したため、どうしても紋切り型の解説になってしまったというのもあります。

 他にも課題点はキリがありませんが、このように自分では「出来た」と思っていた授業は、他者から見ると課題だらけということがわかったのです。かなり落ち込みました。

この動画で頑張った点など

 ただ、全てが無駄だったというわけではありません。良かった点や、こうした失敗を経験して得た知見もあります。

1.音質
 経験者ならわかってくれると思いますが、PowerPointのナレーション記録機能はかなり音質が悪いです(※)。そのため、この動画では音声のみ別撮りで後に動画編集ソフトで合わせるという手間をかけています。実はこのような、一見授業の本質とは関係ないような要素が、生徒の快適さを左右するようです。
※Mac版だと、なぜか音質の悪さは気にならなかった。録音環境/再生環境に依存する?

2.文字の大きさ
 スマホで視聴しても、読めるレベルのフォントでした。最小で28ptです。また1分10秒あたりで示した「ゐ」「ゑ」は、画面に大きく示すことができます。黒板ではできないことですね。

3.アニメーションの有効性
 8分30秒あたりの説明で、「やうす」を「ようす(正確には“よーす”でした)」と発音する話をしていますが、ここでのアニメーションは黒板とチョークで示すよりもスムーズです。このように、アニメーションの強みを活かせる場面があることがわかりました。

4.知識の伝達効率
 同じ説明を教室でしていれば、10分ではまず無理でしょう。先に述べた黒板前授業だとどうでしょうか。話すスピードにもよるでしょうが、10分を切るのは難しいのではないかと思います。
 情報を瞬時に示すことのできるプレゼンソフトならではのメリットです。また、プリントよりも情報の提示にメリハリがつきます。

5.繰り返し再生できる
 確かに平淡で眠たい解説動画なのですが、気軽に「流しておく」くらいであれば苦にはならず、繰り返し再生できると言ってもらえました。生徒観の設定上、この指摘が一番嬉しかったです。これは読み原稿を作り、話す内容を要点だけに絞っていることが功を奏しました。これがもし、黒板を背にダラダラと喋っている20分の動画だったら、こうはいかないと思います。

 こういった反省を受け(他にも山程ありますが)、4月の下旬には動画の量産をはじめました。現在、週に3科目6本の映像授業を配信しています。体感的には、教室授業を16コマ持つ、その倍くらいの負担感です。
 実際に学校で配信している授業は、ここでお見せすることができませんが、かい摘んで述べますと、

1.BGMが邪魔
→BGMは削除しました。ただし、一方で環境音が聞こえやすくなるので、収録には注意が必要です。

2.語りが一本調子
→標準語をやめ、方言を使うことでかなり改善されました。

3.俗説を使っている
→やめました。特に古典では注意が必要です。

4.どこを板書すればいいかわからない
→解説スライドと、板書をするスライドとでデザインを使い分けました
解説……白色背景
板書……黒板背景

5.私が授業をする理由がない
→これは、教室だろうが映像だろうが、今後も課題意識として抱き続けます。この経験を通して、大事な問題意識を見つけることができました。

おわりに

 非常時ということもあって、「考えてから走る」のではなく、「走りながら考えること」が要求されていると実感しました。一度、自分の失敗作を作ってしまった方が良いということも覚えました。
 生徒の快適さを最重視して授業をデザインするのは、想像より難しいです。自分が高校生(中学生)だとして、どんな授業なら快適に受けられるか?が、良い目安になるでしょう。私の場合、「作るのが面倒だし大変」という要素と、どう闘うかがポイントになりました。
 しかし、先に述べたような「PowerPointのナレーション音質が低いので別撮りをする」といった点まで全てこだわると、作業量、時間ともにきりがありませんし、授業の配信ペースに間に合いません(これが一番だめ)。ある程度、自分の作業スピードや技量と相談して妥協点を見極める必要もあります。実際の配信授業では、音声別撮りは諦めました。ここは、許して欲しいところです。

-追記-

動画で使う文字色も注意が必要です。試作では黒板に黄色とオレンジを使っていますが、この赤みがかったオレンジは、色覚特性によっては見えづらいです実際の授業では白・黄色の2色のみにしました。

もしお役に立てたならば、サポートいただけると嬉しく思います。コーヒーを飲んで一服したいと思います。