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『 エビフライ 』

私の祖父母は山奥の村に住む農家である。

両親は共働きであるため、長期休みはしばらくの間、家から車で1時間の距離にある、祖父母の家に預けられていた。

そこで毎食出てくるのは、かぼちゃの煮付け、たくあん、こんにゃくのたいたん、ほうれん草のおしたし、味噌汁、日持ちのする魚の干物など、茶色のおかずばかりであった。

今思えば、体にいい栄養満点の食事であるが、育ち盛りの私には物足りなかった。
ある日祖母と村に唯一ある商店へ出かけた。

「何か食べたいものあるかー」と聞かれた私は、大好物だった「エビフライ!」と答えた。
家では母が忙しい中、手作りしてくれる。
一瞬ポカンとした祖母の顔は忘れられない。
祖母のレパートリーに揚げ物はあるが、食卓に並ぶのは、椎茸の天ぷらか野菜のかき揚げである。
もちろん作れるはずもなく、話を聞いていたお店のおじちゃんが「これちゃうかー」と冷凍のエビフライを持ってきてくれた。
それを購入して帰ると、早速夕食の準備を始める。その横で私はわくわくしていた。
冷凍のまま油であげて、お皿に並べられたエビフライを私は一口食べ、こう言い放った。
「こんなんエビフライちゃう」
祖母にそう言うと、お箸を置き、私は駄々をこねだした。
お店で買ったエビフライは衣ばかりで中身のエビは小指ほどの大きさもないものだった。
普段手作りのエビフライを食べている私はあのプリッと感が好きだったのだ。
そのうち泣き出した私を祖母は、「明日もう一度作るからごめんやでー」となだめた。
次の日、祖母と私はもう一度商店を訪ね、今回は生の海老とパン粉と小麦粉を購入した。
材料は、母のお手伝いをしていたので私が知っていた。
早速家に帰ると2人で海老の殻を剥き、小麦粉、卵をつけ、そしてパン粉をつけてあげてみた。
そして、揚げたてのエビフライを2人で味見した。
「おいしい!!!」
満遍の笑みでそう答える私をみて祖母も笑っていた。
そして、祖母も一口食べてみる。
「おいしいなあ!これは食べたくなるわ。
おいしいなあ。」と祖母は初めてのエビフライを喜んで食べていた。
その後は、揚げもって味見味見とエビフライを2人で食べてしまい、結局その日の食卓はいつも通りの茶色いおかずが並んでいた。

きっと祖父は知らないであろう。ここに並ぶはずであったエビフライの存在を。それは祖母と私、2人だけの秘密である。

あれから20年ほど経ち、今でも祖父母の家に行けば、食卓に並ぶのは茶色いおかず。
そして、私の大好物であるエビフライも一緒に並ぶのだ。
祖父は知らないだろう。
作りもってキッチンで食べる揚げたてのエビフライが1番おいしいことを。これもまた祖母と私、2人だけの秘密である。