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グレイテスト・ビジネス 第一話

日本屈指のインターネット通販会社【ワールドルーツ】を翁表オキナハジメは恋人との破局に職場の倒産に遭って転職先に選んだ。入社式を終えて歩いていると「ダンマルいたな!」と見ず知らない社員に引っ張られて倉庫へと連行されてしまい、何の情報も分からないまま、尾田ダンマル本人がいるのにも関わらず、商品確保の頭数として連れて行かれてしまった。

この物語は倉庫職に向かない問題児である翁表と彼に瓜二つの顔をした派遣社員である尾田ダンマルの《運》はないが愛の物語。

 第一話

 西暦二千二百一年。今年二十六歳になる翁表アキナハジメは何事も流されてはいけないんだなと、日ごろの運動不足を恨みながら顔しか知らない、名前も知らない社員たちと《倉庫内》を全力疾走していた。太腿が悲鳴を上げている。大きく上下に振っている両腕の二の腕も緊張に張っていて。後々で、きっつい筋肉痛になるんだろうなと、他人事のように思っていた。倉庫内に入る少し前に出来た鼻先の傷も顔中央と大きめに処置されたカットバンの下で痛みを放つ。

 翁を含む四人の隊が倉庫内に入った当初から内部には商品の陳列はなく《砂漠》が拡がっている。しかも、あるはずのない天井の箇所には太陽に似た何かが明るく照らし出し、湿気と気温に翁が眩暈も起きてしまう。汗が止まらない。喉も乾く、異常な倉庫内だった。

「『倉庫内のエラー音っ、うっせぇなぁ!』」

 大蛙が苛立ちに声を上げた。正体は翁が入社したばかりの会社、創設二百年を誇る老舗といっても過言ではない日本屈指のインターネット通販会社【ワールドルーツ】の先輩社員だ。名前は獅子唐芥子シシトウアクタコ。《商品確保》の隊における《隊長格》の資格がある者だ。彼女が顔見知りの《尾田ダンマル》と勘違いをされて、翁は職場である倉庫まで引っ張り込まれてしまった。右も左も、会社事情も内部情報も全く知らないままに来てしまった訳だ。

 しかし、着いた先である倉庫前にはすでに尾田ダンマル本人がいた。そのことには獅子唐も数回と顔を見比べた。何もかもが似ている2人の赤の他人に他の社員たち一同も口々に驚きの声を上げて、場がどよめいた。何よりも驚いて絶句したのは、人違いの元にもなった相手――尾田ダンマルに違いない。

 翁の顔に驚きとしかめっ面で睨みつけていた。顔も体格もそっくりだったというだけの話しで、本来ならここで別人である訳だから解放されるはずだったのだが人材不足ということもあって、入社式を終えたばかりの新人だが教育ついでに倉庫内に《商品確保》に行くのはどうかとなった。さらには翁をのけ者に行く前提の話しが進んでしまい、無理とも嫌だとも言えない空気で、拒絶すらも許されずに行くことが決定してしまった。

(何っ、倉庫内でさっきから鳴り響いているエラーの音はアクシデントってことなのか?? 本当に、きっつい!)

 【ワールドルーツ】の《商品確保》を行う倉庫は、一般のどこにでもあるよう場所ではない。内部も同様と、一般的などこにでもあるような倉庫ではないと分かるものだ。由来は以下だ。

 創設者である社長は地球人ではないという話しから物語は始まる。異世界人の就職率が低く、頭を抱えた創設者が地球にお忍びで来て、日本に滞在をし、公園のベンチに項垂れて座っていた時に、日本人の少年に声を掛けられた。少年の目には創設者が《宇宙人》だと視えていた。運命の出会いだった。少年を養子縁組と息子に据えて日本で開業をした。息子からのアドバイスから《買えないことのない会社で、購入手続きも手軽で、すぐ梱包し発送され家に直接搬送され安全安心の満足度を与える会社》を立ち上げれば、半年と経たないうちに好評を得て異世界人の離職もなく、業績も安定させることに成功もさせ、さらには地球人から求人広告も行い、車内での職務内容を口留めの契約書を紐づけし社員も増加していった、おかげで会社も地球(全世界)規模の大手企業と急成長した。

 さらに息子からのアドバイスを元に施した対策によって効果は絶大で、異星人や地球人も会社勤めに夢中にさせるものでもあった。以下が社内極秘となる口留め契約の実態だ。

 1:倉庫は生き物。時間の経過と動き、路も何もかもを書き換えていく。任務時の倉庫の《入口》もなくなる為、結果として《出口》を目指さなければならない。振り返ること、臆することも許されない。
 2:入社時に会社から《作業着バックアップ》が支給されて、異世界人は《エッグ》が支給される。
 3:入社三か月(使用期間)後に、初回特典となる《P通貨》が贈られる。P通貨を溜めると《武器専科アプリキット》という社内にある売店で、より強力な武器を購入が可能となる。携帯ゲーム感覚でレベル上げをして【ワールドルーツ】内での業績や地位を固めることにより《選択肢》が可能となる。
 4:倉庫内勤務時は《作業着》を着衣の上で《変態アバ化》(地球人・異星人も共通事項)と容姿を変えて行うものとする。(一例。動物、妖怪といった想像しやすくも、人工的に創れるものが好ましい)《ポイント硬貨》でのメンテナンスとレベル上げが推奨されており、昇給対象と成る。

「皆さんっ、作業着でオレだけスーツってのが、エラーの原因なんじゃないでしょうか!?」

 ぜひぜひ、と赤い舌を犬のように出して翁が誰に言うでもなく、力ない声で問う。翁の横で作業着姿だが、そのまま人間の恰好のままでいた尾田が、翁の言葉に冷淡に言い応えた。

「馬鹿なこと言わないで下さいよ。全く。一般的に販売されているようなスーツなんかで起こるような《アクシデント》ではないですよ、それはそうと君の名前を聞いていないんですけど、今、訊いてもいいでしょうか?」
「今??」
「ええ、名前は? 私の名前は知っているでしょう」
「知ってるって、……そうお宅が呼ばれていたのを聞いただけなんだけどなぁ」
「ほら、名前は??」

 尾田ダンマルと翁の顔は本当に瓜二つであった。二重の垂れ目で口端の整った髭は尾田の方がしっかりしている。翁の方は無精ひげに近いものだ。目も大きいのが尾田で、翁は三白眼だ。髪の毛の色は同じ黒で、くせ毛も同じだったが尾田はおしゃれときちんと整えているのことに対して、翁はただの出不精と伸ばしっぱの結果だった。体格も尾田の身体はがっしりと筋肉も均等についた華奢なものに対して、翁は筋肉になり辛い体質も相まったことと運動不足の塊で、ただの線の細い華奢な容姿だ。ただ、頭一個分と翁の方が身長が高かった。

 そんな対比も面白い二人が、ただ一点と同じものがあった。それは《秘密》と《嘘》だ。

「翁、……馬場翁だよ」
「変わった名前ですね」
「よく、言われる」
「改めて。私は尾田ダンマルです、今回の件に関しましてはご愁傷様でしたとしか。まさか、ここまで自分に似た容姿の人間がいるとは思いませんでしたよ」
「オレもだよ」

 世界には顔が似た人間は三人はいる。という諺があるが、そのまさかな事態に見舞われるとは思いもしなかったというのが現状だ。たかだか顔も背格好も似ている人間が、同じ会社にいるとは誰が思っていただろうか。

「何歳ですか?」
「オレは二十五歳よ。来月、二十六歳。尾田くんは?」
「私は十八歳になりました」
「若いなっ!」
「私の兄が会社を起こしたので事務的な業務一般を手伝っていたのですが、諸事情で一緒に、こちらの会社に派遣で来ているんです。なので苗字なんかではなく下の名前で呼ん頂いた方がいいですね。被ってしまうので」
「へ、へぇ。分かったよ、ダンマルくん」
「私も翁さんと呼ばせて頂きますが宜しかったですよね」
「ああ、それは構わない、けど。馬場の方がいいかなぁ? 色々と都合がぁ――」
「色々と都合がなんだって言うんですか。全く。翁さんと呼びます、本当に意味が分からないな」
「2人のときだけにしてよねぇ」

 にこやかに談笑する二人を他所に事態は、さらに悪化の意図を辿る。事態に困惑するのは獅子唐だ。獅子唐芥子、今年で三十三歳。ワールドルーツでの勤務歴十三年の間に見舞われたことのない事態に遭遇をしてしまっていて、対処方法なんか分かる訳もない。緊急事態時の【オペレーション】にも、どう説明をしていいのかも分からずに困惑しきりだ。

(本当に、本当に、本当にっ、いつものような商品確保に来ただけなのにっ! どうしてっ、ぁああぁアぁああっもぉうぅうう! エラー音が煩っっっっい!)
「『っく!』」

「『獅子唐隊長っ、どうするだ? このまま任務遂行してもいいんだべか??』」

 大混乱中の大蛙に声をかけるのは、声から女性と分かる大蛇の《変態化》をした花菱菜々緒だ。彼女は二十歳と、会社では勤務歴三年と若いが実戦経験の場数も多くこなしており、やる気と根気のある推し活優先させる干物女。獅子唐との信頼関係は二年目だが、今までに遭ったことのない状況下の不安を、獅子唐に改めて口にして確認をした。

 ギョロリとした大蛇の目が大蛙を見据える。強い口調で「大丈夫」だとか「行きましょう!」といつもの調子なら言い返すことも出来るのだが、隊長として、自身を含めた四人の命を預かる以上は決断を一刻も早く下すことが必要だった。退避をするか。続投をするのか。演じることは難しい。熟練した社員であればどうするのかと、他者ならとまで考えも飛躍する。

「『聞いているんだべかっ! 獅子唐隊長っ!?』」
「『ぁ、ああ。聞いているさ、聞こえているよ。今回の商品確保は【五リットルの水のペットボトルの一ケース】だが、商品棚がもう近い距離だってことは分かっている! だが、このままではあんたたちを《殉職者ケアチャージャー》としてしまうかもしれない、……正直、本当に申し訳ないのだが。部位されあれば――商品確保後の倉庫扉解放ボタンを押してしまえば、生き返ることも可能だ。だから、――』」

 大蛙だった姿から獅子唐も、いつもなら《変態化》を解かないのだが人間の容姿に戻り、花菱と尾田、そして翁を見た。長い亜麻色の髪が風に靡く。大きくまつ毛が長い目が真っ直ぐと見据えて来た。大きく膨らんだ唇が吊り上がる。

「……菜々緒ちゃん、そして、尾田ダンマルっ。覚悟はあるかい? 命を捧げてくれるかい。あたしに!」

 拳を握り締めて雄々しく吠えた獅子唐を砂漠の中から這い出た巨大な《ミミズ》が一口で飲み込むと砂漠の中に潜った。あまりに一瞬の出来事に大蛇である花菱も、尾田さえも上手く反応も出来ずに棒のように立ち竦んでしまう。重く沈んだ空気の中。

「っど、どどどど、どういうことだよっ!」

 すぐに反応をしたのはド素人である翁だった。彼の悲鳴で、ようやく花菱と尾田もヤバい局面だと気がついた。

「『ぉ。尾田君っ、何か部位はないかっ!? 獅子唐隊長の部位はないべかっ!』」
「ささ、探しますっ! 今すぐにっ!」

 尾田の表情も顔面蒼白と辺りを見渡した。砂漠の砂しかない。何かが落ちている形跡もない。ないないないない、と尾田が膝を砂漠について這いつくばって探す様子を翁は眺めて見ている。彼には、何も意味が分からないからだ。何がどうしてそうなって必死になっているのかが、分からない以上は動けない。惚けて立ち竦んで、必死な尾田と震える大蛇を見る。

(あれ?)

 砂漠の上に何かが落ちていた。砂漠の砂に足を取られながら見に行けば、そこには獅子唐が愛用をしていた武器である掌サイズの《太鼓》があった。バチや手で打ち鳴らし相手を一網打尽にするという広範囲に攻撃できるものでレベル1くらいから扱える品物だった。獅子唐の太鼓の能力の解放率は40%だった。解放率によって、また武器の能力は効果が増すのだ。砂に埋もれてしまった太鼓を翁も持ち上げて、上にかかっていた砂を手で掃い落した。

 拾った獅子唐の武器である太鼓のことを「あのぅー~~」と報告をしようとしたのだが二人がそれどころではない。とりあえず腿のポケットに仕舞い、さらに足元から音が鳴ったことに身体も大きくビクつかせて見下ろせば、隊長である獅子唐が持っていたオペレーションとの通話器具であるイヤホンが落ちていた。鳴っていたものの正体を確認した翁も拾い上げて耳に差し込む。

「はぃいい~~??」

 ――《遅いっ! って、あれ? あなたは誰ですか? 獅子唐隊長さんはどうされました? 獅子唐隊長では、ないです、よね??》

 女性オペレーターからの言葉に翁も目を細めて「死んだ、みたいです。今、目の前で巨大なミミズに飲み込まれてしまって。はい」とたどたどしい言葉で応えた。

 ――《ああ。部位があれば生き返るから大丈夫です。それよりも、商品確保を優先してくれないと困ります》

 女性オペレーターは糊鯨。オペレーション歴三十年のベテランで五十三歳だ。もちろん獅子唐とも親交はあった。

「っで、でも! 隊長である獅子唐さんも死んでしまったのにっ、仕事を遂行しろとかブラック企業かよ!」

 ――《あなた、お名前は?》

「……馬場、翁です」

 自己紹介をした途端に相手は押し黙ってしまった。通信機器が壊れてしまったのかと「え? あのぅ? 聞こえてますか??」と数回と確認をする。数秒と経ってから糊の息づかいは聞こえた。

 ――《僕は、あなたが入社式で間に入った社員である群青双竜の妻の糊鯨だ》

「ああ。あのデカい群青双竜さんって人の奥さん……」

 か細い口調に糊も頭を抱え込んだ。大きなため息をデスクの上で吐いてデスク下で細い日本の足が上下に地団太を踏んでしまう。非常にまずい、状況が起こっている、と夫である彼に伝えなければとも頭痛も起こる。とりあえず状況を聞くことにした。そこが重要だからだ。翁が絡めば状況はさらに悪化をするのは避けられない

(厄介なことになったな。こいつは尋常じゃなく――危機的状況だ)
 ――《入社した経緯はさっき彼から聞かされたけど。全く、君たち《翁家》は倉庫業務は禁止事項なんだよ? ――道理の得た鉄板的な過程の事情からなる理由を君自身、分かっているのかい?!》

 たくしまくられる糊に翁も唇を突き出す「ぅんなの、知らないもん」と短く、さらに吐き捨てえるよう言い捨てた。もう、イヤホンも一緒に捨ててしまおうかと指先が耳の中のイヤホンにやる。爪先がイヤホンに当たったときだ。

 ――《現時点を持って、《隊長資格》を一獅子唐芥子が任務より離脱の為、一時的にはく奪し、全隊長特権を【翁表】に委ねます。いえ、今の名前は――【馬場翁】でしたね。今から僕は君を全面サポートをします。一刻も早く《商品確保》の責任を果しなさい》

「っま、待って! どうしてオレなのっ! ド素人でなんの仕事的な事情も規則ルールなんかも、これっぽっちもっ知らないんだがっ!?」

 イヤホンの向こう相手に翁も親指と人差し指をくっつけて隙間がないことを示すのだが、糊からは見えないし興味ないことに関心もなく「どうでもいいから、今から言うことを行いなさい。時間もなくなってしまうわ」と素っ気なくも吐き捨てられたことに翁も口をへの字に、先輩社員の様子を伺い見た。

(ダンマルくんはまだ探してるし、……大蛇の先輩も動きがない。行動もバラバラでこんなんじゃあ、獅子唐隊長も死んでも死にきれないよ)
「わ、……かった。オレは、……翁はどうしたらいいんだ? 糊さん、オレに教えてくれっ!」

 ずびっと涙目で恐怖から鼻水を垂らして、強い決意を口にする彼に糊も噴き出しそうになったが、真剣な彼に水を差してはいけないと飲み込み、これからの簡単な計画と翁の血筋であることによって起こり得る基礎的な問題を伝える。

 ――《まず、作業着で《変態化》をしていない以上は倉庫内のモンスターにとって格好の餌であると自覚をしましょう。ああ、これから説明をするので口を挟む前に、あの二人に商品確保に行くことと部位は必ず倉庫扉の前に持って帰るように指示して、君は商品棚に向かえっ、さぁ! 向かいなさいっ!》

「はい!」

 身体を耳から駄々洩れな大声の指示にビクつかせて尾田と花菱へと声をかけた。自身は商品棚に行くことを、部位を見つけて出口で落ち合おうと。彼の言葉に尾田も「君なんかが一人で何が出来るっていうんですか、私も行きます。花菱さん、部位を、獅子唐隊長を見つけてください。お願いします」と苦渋の面持ちで分かれて、翁と尾田の二人が商品棚へと走った。

「君が【隊長代理】だなんて。あり得ないんだけど、どういったからくりですか? 癒着ワイロかコネかなんかですか? 何者だ。ド素人って皮を被って入社するなんて真似をして、汚いな」
「皮なんか被ってないしっ、マジのド素人だわ!」
「では、どうして【隊長代理】なんですか? 私を納得させることが可能なんですか?」
「そいつぁ、……秘密。言えないよ」
「はぁああ?? マジであり得ないんですけど!」
「もう、ダンマルくん、めんどくさいよぉう、黙ってついて来てよぉう」
「はいはいはいはいっ! 隊長代理の能力を拝ませてもらいましょうか!」

 苛立った尾田と泣くに泣けない翁が「それで、商品棚とか、状況における計画を教えて貰えますか? 糊さん」と尋ねた。この問いかけややりとりは尾田には聞こえず、彼が苛立つ原因の一つでもある。嘘を吐かれて騙されているのではないのかと。

 ――《はい、ではまず、一緒に同行をして来てくれた尾田ダンマルさんから《時計》の確認をしてもらって、このイヤホンの中央を一回、押してください》

「ダンマルくん。時計? で時間の確認をしてくれだって」
「はいはいはいはいっ! 残り時間っ、……五分! っち、マジかよ!」
「五分?? ぇえっと、イヤホンの中央を押すっと」と翁が押すと目の前に倉庫内の構図と商品棚の案内が出た。商品棚はここ。自身たちの現在位置はここ。と分かりやすく、獅子唐が言ったように目と鼻の先でもあった。しかし、油断は大敵だと教わった。

「行こう! こっちだ!」
「はいはいはいっ!」

 ――《それでこれからが内密な《翁家》の能力の説明をします、このまま黙って聞いて下さい。横の尾田ダンマルにバレたくありません。まぁ、それも時間の問題でもあるのですが。いいですか? 倉庫内の異常なエラー音の原因は翁表さん、君だ。倉庫は生き物で、翁を体内である倉庫内に入れることを拒絶しているからだ。誰だって体内にばい菌なんか入れたくないだろう。翁くん、君、まさかとは思うけど武器とか持ってたり所持なんかしていたりとかないよね? どうなの?》

 糊からの問いかけの圧に「ぁりますけど、獅子唐さんのを拾ってたりなんかしてたり、太鼓なん、です、けどぉ?」とか細く告げる。何も本当に知らないといった塩梅で、ありのままとあったことを馬鹿正直に話しているのが事実であることが間違いのない状況。翁に鼓膜に糊の深いため息が聞こえた。

「な、なんなんですかぁあ~~」

 ――《恐らくですが、まもなく獅子唐隊長の装備武器である《雷哭太鼓》はレベルアップを、アップデートを最大MAXとカウントダウンを開始します、いいえ、もう待機を終えているかもしれません。倉庫一体を吹き飛ばす威力になるはずです、本来であればそうはならないように能力制限リミットの錠をかけられていますが、それを自然に解くのが――翁のDNAです。なので、何事もないうちに商品確保を行い、出口に向かうのですっ! さぁア!》

「もぉおぅうう! 本当に意味が訳分からんンん!」
「はぁ? 私が一番、知らないんですがっ!?」
「なんかごめんねぇええ!」

 ミミズや他のモンスターは現れずに難なくと【五リットルの水のペットボトルの一ケースを確保をし尾田が背負っていたショルダーの中に仕舞い終えた。中は異次元空間で重さも何も感じさせない便利な仕事用品だ。安堵の息を吐いて「時間は大丈夫かな?」と尾田に聞くも「意味も知らないくせによく言いますよね。あと二分弱です。行きましょう。出口がなくなってしまう」と尾田が歩き出そうとしたときだ。

 砂が数か所と立ち上る。まるで中に何かが入っているような大きさだった。目もまん丸と生唾を尾田が飲み込む。

「ぁれは――【亡霊ヒトダマ】か!?」
「っな、何? 何?? ま、またヤバいってことなのか?!」
「……時間の関係上、そうゆうことです」
「ダンマルくん、冷静ねっ!」
「当たり前です。君は騒がしいな、年上のくせに煩いったらないです」
「ひどぃ」

 ここで尾田もどうするかと立ち竦んで数秒と悩んだ。しかし、自身が口にしたように時間に猶予がない。所持する武器の解放時間では遅い事態だ。このままゲームセットとなってしまいかねない。死亡エンドになってしまうのも覚悟をしてしまうが、ここで信じられない機械の電子音声が鳴った。翁も《雷哭太鼓》を腿ポケットから取り出すと大きく巨大化をして雄々しくも立派な容姿に変わると手から離れて宙に浮く、明らかに翁には手に余る武器となっている。持ち手はド素人であって、武器の扱い方も知らない。説明書も視たことがない。ただ、驚愕と見つめていた。

 ――まもなく《雷哭太鼓》が最大開放します。まもなく《雷哭太鼓》が最大開放します。まもなく《雷哭太鼓》が最大開放します。まもなく《雷哭太鼓》が最大開放します。

「翁さんっ、何をしたんですか!? それは獅子唐隊長の武器でしたよね! どうしてもっているんですか!?」
「っひ、拾っただけだもん! どうすんのよ、これっ!」
「はぁああ??」

 ――カウントダウン開始します。十、……九……八……七……六……五……四……三……二……。

 止まることのないカウントダウンと《雷哭太鼓》の呻き声なのか悲鳴なのかが鼓膜に響いて鳴る様子に翁も喉を鳴らした。

 ――……一……発動! 太鼓を打ち鳴らして下さい。太鼓を打ち鳴らして下さい。太鼓を打ち鳴らして下さい。太鼓を打ち鳴らして下さい。太鼓を打ち鳴らして下さい。

「止せっ!」
「っで、でもさ? これを逃したら――獅子唐隊長だって、今の局面なら鳴らすはずだよ。ダンマルくん、ごめんね。オレだって鳴らすことを選ぶよっ!」

 翁は手を振り被って面を手で弾き鳴らした。

  ***

 瞬間、ジジジ! と糊は自身の耳からイヤホンを外し落とした。はぁはぁと肩で大きく息を吐くのと同時に地鳴りが起こった。明らかに彼らがいた倉庫からだと察した。糊が顔面蒼白と落としたイヤホンを取りに床にしゃがみ込むと視線に足が映し出された。誰かは分かっている。ゆっくりとした動作で糊も立ち上がり相手を見上げた。

「堤室長」

「糊ちゃん。私に倉庫内でのこと教えてくれるよな?」
「はい、それは。当然です」
「うん! じゃあ、教えて!」

  ***

「ぅうう」と呻き声を漏らして翁が目を覚ませば、三つの顔が彼を見下ろす恰好になっていた。

 一人は尾田ダンマル。ぶすっと何か言いたそうに睨みつけていた。もう一人は大蛇の恰好の前に見覚えがある花菱菜々緒の感情が破裂したかのような顔。涙を流して鼻水すら垂らしている。そして、もう一人。

「獅子唐、……隊長っ!」

「よく頑張ってくれたね。ありがとう」

 生きた獅子唐芥子の温かい手が翁の額に張りついた前髪を梳いて掻き上げると、翁の目が涙で視界を大きく揺らぎ、次には嗚咽が倉庫前でに響き渡った。

第二話

第三話


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