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グレイテスト・ビジネス 第三話

 獅子唐の言葉から逃げるように駆け出した翁へ、倉庫内を歩いている社員全員から「尾田ダンマル」と声を掛けられ続けた。最初は偶然かと「いや、違います」と話して交わしたが、さらに私情プライベートを含んだ物言いをしてくる社員がいて「違うっ、オレはダンマルくんじゃない!」と声を荒げて避けて足を走らせた。しかし、気がつけば、今いる場所さえどこかも分からず、戻り先を見失ってしまっていた。勢いのあった足の動きも、どっちにいけばいいのかと右往左往。こっちかなと突き進んで行く。入り組んだ倉庫内と翁を《尾田ダンマル》と視線を向ける社員たちの好奇と馴染の顔だという表情に息を飲み込んだ。

 バクバク、と翁の心臓が全身を打ち震わせる程に高鳴る。知らない相手が自身を彼だと思い込んで知らない話しを口走りながら近寄って来るのだから堪ったものではない。

「ちがっ、ぉおお、オレはぁああ、ダンマルくんなんかじゃあ……っないい!」

『「ええ。君は私じゃないですよね、全く。何処に行く気だったんですか? 無駄に早くて追いつけないったら、全力で走って来ちゃったじゃないですか」』

 翁は背後から苛立った口調の尾田の言葉に立ち止まる。こんなに追いかけて来てくれて嬉しいと思ったことはない。背後からはさらに社員たちがダンマルに釘つけと傍にいる全員がざわついているような空気だった。

「ぅわァ! 久々に視たぁ!」
「写メっ、あの姿を撮ると運気上がるって聞いたことがっ!」
「え? じゃあ、あのダンマルっぽいのは――一体??」

 彼らがダンマルの存在を知ったと同時に、似た容姿である翁に首を傾げて、ここでようやく――《おかしい》事態だと温度が数度と下がって見守り体勢に入る。翁が振り返る前に翁の前にスリムで黒と白の毛皮を纏った四本足で立つ猟犬に似た生き物が立ち塞がった。黒毛もきめ細かく艶やかな長い尻尾が左右に揺れ動く。

「ぅっわぁ! 犬ちゃん? かわっ、もふ、モフりたいっ! ダンマルくんの飼い犬かなぁ~~モフってもいいかな??」
 猟犬のような生き物の前に翁も腰をしゃがませてにこやかに両手をわきわきとさせれば『「モフりたいのであれば存分に違う場所でならいいでしょう。しかし、私はダンマルくんの犬なんかではありませんよ」』と開いた口からダンマルの声が出て翁に話した。

「ぅっわ! 話したっ! ぇ、ええ??」

『「全く。君は本当に騒がしい人間ですね」』

 目線を合わせていたはずが、すくっと二本脚で立ちとなり尾田ダンマルの容姿に戻った。周りが大歓声とびりびりと空気が大きく震えた。翁自身も驚きに身体が大きく震えてしまう。現実のはずだよなと頬も抓ってみても痛みがあり、この状況は夢ではないんだと改めて思い知る。なら、目の前で猟犬に似た何かから人間に容姿を変えた彼自身は何者なのかと興味が沸いた。猟犬に似たあの姿を早くモフりたい、という衝動にも駆られているのが正直な気持ちだ。

「それで? どこかに向かっていて迷子になったんですか?」
「あ。まぁ、炭酸のジュースを買いに自動販売機に行こうとしてたんだけどさ。そうね。今は医務室に戻らないとなのよね」
「自動販売機? 医務室?? まぁ、医務室も沢山あるんですけど。どこのエリアなのかとか」
「ぇ、エリア?? たくさん、あんの??」
「そりゃあ。一つや二つしかないってことある訳ないじゃないですか」
「で、すよねぇ」としゅんと顔を曲げてしまう翁に尾田も「誰と一緒にいたんですか? 会社から貰った携帯にその方から連絡とか来ていませんか?」と顎に指をあてて聞いた。

「会社からの、携帯?」
「ええ。入社式の途中で受け取ったでしょう?」
「あ!」

 翁は尻ポケットから会社支給携帯電話スマホを取り出した。液晶を見れば『着信履歴:69件、メール件数:100強。群青双竜』の文字が羅列に並ぶ。携帯電話を持つ翁の手が動揺に大きく揺れ動く。顔面蒼白と変わった翁の表情に、尾田もひょいと携帯電話の液晶を無言で覗き込んで「は?」と素の声が漏れてしまう。

「君は、一体――何者なんですか?」
「それ、ダンマルくんが言うのぉ?」
「全く、このままじゃあ、どっちもどっちな言い合うになりそうですね。そうだ。私は仕事が終わったら《武器専科アプリキット》に行く予定だったんですが、一緒に行きませんか? どうにも今は君のことを知りたいですし、聞きたくて堪らないんです。今後の為にもですよ、あくまでも」
「いゃ、でも。双竜さんにで――」と言いかけるのだが「それはあとでいいでしょう。いい歳した大人で子どもでもないんだ」と強い口調で言い負かされてしまい――強制に近い恰好で《武器専科》に二人は肩を並べて向かった。

 周りの社員全員が尾田ダンマルと翁が一緒に歩いているだけだというのに、眼福とばかりに膝から砕けたり、気絶してしまう人たちが数多く、廊下が死屍累々と発生する有様になり、傍目から惨状を見れば何か事件が起こったのかと、二人を見なかった社員たちが混乱に陥ったことを、当の本人たちは立ち去った後で、ある意味事件で風の噂を耳にしたが、状況が自身たちのせいであることを知ることはない。

「ダンマルくんは犬なの? 人間? どっちなんだい?」
「そうですね。どちらかというならば。バケモノ、……妖の類ですね。怖いですか?」
「怖くなんかないよ。妖の犬の姿なんかカッコイイしモフりたいくらいなんだけど? むしろ、今の恰好の方が苦手かなぁ。お宅の顔さ、オレに似てるのにさぁ、キラキラとイケメンが駄々洩れなのが許せないよねぇ」
「はぁ? なんですか、その言い草は」
「しかもさぁ。会社で人気者じゃない。みんなの注目の的でさ、オレはお宅と見間違いされてさ声かけられた日にゃあ、堪ったもんじゃないよ。今日みたいなことがあったらどうしょうって、これからの日常的に心配なレベルよ」
「まぁ、それは無きにしも非ずですよね。今後も、今日のように獅子唐隊長みたいに引っ張り込まれてしまうなんて事態も想定出来ます」
「でしょお~~? 困っちゃうんだよなぁー」

 翁の心配する様子と、今後のこともあって尾田も腕を組んで考え込んだ。今回は尾田自身が倉庫に来ていたからいいものの、もしもの万が一の場合だって有り得ない訳ではない。それで連れて行かれてしまい、結果として翁が死んでしまった場合や翁が倉庫で尾田ダンマルと名乗った上で、今日のような事態を犯してしまった場合、責任を負うのは翁ではなく、名乗られてしまった尾田ダンマル自身ホンモノではないか。

(気に入らないな)
「君が倉庫に行かない部署に行けば済む話しではないでしょうか?」
「うん。それは、そうだけど、……そうなったとしてもさ? 見間違えられたら引っ張られていくよね、って話しだよ。赤の他人とかさ、他人の空似だなんていったところで《冗談》で受け流されそうなんですけど」
「確かに、ここにいる人たちってせっかちさんが多いですからね。聞く耳なんかないのは否定はしませんが」
「でしょう~~弱ったなぁー」

 頭を掻きむしる翁の様子に「では、こういった案は如何でしょうか?」と尾田が提案をする。想像を斜め上以上の話しを持って来た彼に翁も、どうしたものかと悩んだ挙句と――提案を受け入れてしまった。

 尾田からの思いもしなかった提案とは、二人分のGPS付武器となるものを購入をして所持をすることで、見間違いによる倉庫勤務を防ぐことが目的だ。それは決して悪いことから翁自身を守ってくれる護符のような存在になると彼も信じて疑わない。だが、尾田にはまた別の目的があり、何を購入しようかと口端を吊り上げてほくそくんだが、彼の悪い顔に安堵と安心に身体も弾ませていた翁が気づくことはない。

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