見出し画像

死ねばいいのに

思いの強さに大小はあれど、1度も思わなかった人なんているんだろうか。

まあ、たいていは一定期間が過ぎると消えていく思いなんだけど…。

絵美は、今回は直属の上司についてムカついていた。仲間たちと愚痴を言い合い、お酒の力も手伝って、

「あんな奴、死ねばいいのに」

と割りと大きめな声で口に出してしまった。

ガシャン。近くに座っていた早苗がグラスを落とした。怯えた顔で絵美を見ている。

早苗は最近入ってきた新人で、東北出身の、大人しい美人だ。飲み会に参加したのも初めてで、思えば挨拶程度の会話しかしたことがない。

絵美が早苗を見ると、スっと目線を外された。なんか感じ悪いなーと思いつつ、この機会に早苗について知ってみようと、早苗の近くに移動した。

早苗の過去

簡単かつ結論をいうと、早苗は心から「死ね」と願うと相手が本当に死んでしまう家系の生まれだそうだ。女だけが引き継ぐ力で、早苗もその1人。

死に方は、心臓麻痺だったり、交通事故だったりと様々で統一感はないらしい。

「生きてるデスノートじゃん! 超うらやましい! いいなーいいなー」

強引な絵美のマシンガントークに、お酒の力も加わって、早苗は口を滑らせてしまったという顔をした。

田舎ではバレたら死神や魔女の噂がたち、村八分の扱いなのだろう…。しかし、思い込みの可能性も高い。

早苗の力は本当なのだろうか…。

「死んでしまうと大変だから、人を嫌わないようにしているの」

絵美は都会の人間なら誰しも思うこと、早苗の力を利用したいと思った。

自由に使える死神がいれば、金も権力も思いのままだ。

ふふん、絵美はひとり鼻を鳴らした。

悪口で染めていく

早苗は想像以上に素直な性格だった。死なせてしまう恐怖もあって、他人と距離を保つ癖も着いていた。

絵美のほうが、ずっと狡猾でコミュニケーション能力に炊けていた。

まずは手始めに上司の悪口をあることないこと吹きこみ、早苗の心を黒く染めていった。

「本当に嫌な人ね。死ねばいいのに!」早苗は呟いた。絵美はほくそえみ、次の日の出勤は浮かれながら出社。けれどどっこい上司は元気たっぷりにヒステリックに声をはりあげていた。

なーんだ、やっぱり力なんてないじゃん。

落胆しつつ、まぁそんなもんかと絵美は淡々と業務をこなした。

3日後。上司は無断欠勤。電話をしても連絡がつかなかった。

心配した会社の者が家を訪ねると上司は冷たくなっていた。

死因は心不全。オートロックのマンションに一人暮らし。争った様子もあるわけなく、ごくスムーズに事件性のない死として、上司は荼毘にふされた。

絵美の野望は止まらない

「早苗の能力は素晴らしいよ。もっと良い暮らしをしたくない?」

田舎で暮らしていたら、そんな誘惑に乗らなかった早苗だが、何かとお金のかかる東京の日々に疲れ始めていた。

自分では持て余していた不要な力に、価値を感じるように。

「私がマネージメントするから安心して」

絵美は次から次へ、死んで欲しい人がいる人から依頼を受けていった。

もっと華やかな暮らしがしたい。ブランド品を持ちたい。ミシュランのレストランで会計を気にせず食べたい。あれもこれも欲しい。

東京の空気に飲み込まれ、質素につつましく暮らしてきた田舎娘は承認欲求の塊になってしまった。

「今回はこいつ。奥さんと子供がいるのに浮気三昧! 暴力もふるうって」

絵美はヒラヒラとターゲットの写真を見せた。早苗はうなづくとスっと念じる。

もう早苗は完全に力をコントロールできるようになっていた。

実は、浮気をしているのは妻で、多額の保険金目当ての依頼だ。しかし、そんな実情はどうでもいい。

3年もこのビジネスは続いていた。もう2人ともとっくに会社は辞め、タワーマンションにそれぞれ暮らしている。

上がってしまった生活水準を下げるのは難しい。そして依頼も止まることはなかった。

早苗の母の死

絵美は早苗が田舎に帰ることを許さなかった。お盆も正月も東京で面白おかしく過ごさせた。

しかし、母親が急逝。父親は早苗が幼い頃に亡くなっている。さすがに今回は田舎に帰らないわけにいかない…。

なるべく上京した頃と変わらない服のレベル、所作を意識させ、絵美は東京駅まで見送りへ。

「なるべく早く帰って来てね。親戚に何を言われても気にしないで!」

当たり前のラスト

田舎で5日間過ごしたのち、早苗はタワーマンションに戻ってきた。

絵美も疲れているであろう早苗を数日は休ませる気持ちだったが、目の前に大金がつまれる依頼のオンパレードだ。金の亡者としては断れない…。

ついついすぐに早苗の家のチャイムを鳴らす。

早苗だってもうお金のない暮らしはできないはずた。案外、田舎の貧しい空気にふれてヤル気が増しているかも…? 絵美は都合よく解釈しながらドアが開くのを待った。

そしてドアが開いた。

「お疲れ様。大変だったのに申し訳ないけど依頼が溜まってるのよねぇ」

早苗は浮かない顔をしていた。無言でリビングに歩いていく。ソファに腰掛けると、

「私、もう止めたい」

小さな声だがキッパリと早苗は言った。

母親の通夜と葬式で会った親戚達に、よからぬ事を言われたようだ。

特に伯母は「人に言えない事をしているのだろう。すぐに田舎に戻り、慎ましく真面目に生きなさい。さもなければ地獄に落ちるわよ」とすべて見透かしているようだったと早苗は震えながら言った。

不思議な力をもつ一族だから、想定内と言えば想定内だ。絵美はタメ息をつきつつ、早苗の説得を試みた。

かなりの時間をかけても、早苗は意見を覆さなかった。

話し合いは口論となり…。

「そんなに伯母さんが気になるなら、早苗の力で殺しちゃえばいいじゃん!  」

絵美の一言に空気がピンと張り詰めたようだ。

「アンタが死ね!」

早苗が冷たく言い放った…。そして…。



生きる糧になります! 御朱印代にいたします!