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「ゆるゆる」が心地よく感じれるようになったもうすぐ母親4年目
2度目の育休中のKouKoです。
noteはとっても久しぶり、ここ最近とてもゆるゆる過ごせています。
日々の生活は、相も変わらずてんてこまいですが、びっくりするほどいらいらがないです。
「べきべき思考」を脱したいと思いながら脱せなかった数年間
ちょうどnoteを始めた当初、「べきべきおばけ」について書きました。
べきべきおばけ|KouKo|note
この記事を書いたのは、2021年6月。
この時も、「べきべきおばけ」の怖さ、脱却して自分に優しくしてあげよう、と書いていましたが、その後もべきべきおばけに取りつかれることが多々ありました。
べきべき思考から脱したいと思ってたのはいつからか忘れたくらいずっと前から。
頭ではわかっていても、心がついていかない。
しないほうがいいのに、べきべきになってしまう、コントロールできない自分に落ち込んだり、落ち込んだかと思えば、回復したり。
そんな私が、この数か月、「べきべきおばけ」がみえなくなりつつあります。
例えば今日。
夫は雪の影響で仕事になり帰ってこれず終日ワンオペに。
3歳息子は足が痛いと歩けなくなり保育園をお休み、ベビーカーに乗せて0歳娘をだっこし、かっぱをきて雪の中30分かけて病院にいきました。
心が元気でなかったときはもうこの状況だけでへろへろ、落ち込んでいました。
が、今日は体は疲れましたが心は全く落ち込むことがなかったです。
雪がふぶく中ベビーカーをおしながら考えたこと、「あー、こんな経験やろうと思ってやらないからめっちゃ貴重やな。ネタになるなー。」とぼんやり思って、まだまだそんな自分になれない私は、最近私変わったなと自分で思ってしまいました。
体の声と心の声と頭の声は別
最近こんな言葉を耳にしました。
前後の文脈は忘れましたが、この言葉がとても心に残っています。
私はいつも、「こうすべきこうすべき」と頭の思考が心にも支配されていました。
が、最近は「べきべき」と頭で思っても、「で、心は?」と一線を引くようになったかなと思います。これも無意識なので、後付けですが。
植え付けられたべきべきは簡単には消えない。でも心と一線を引くことで、心に集中して、本当にやりたいこと、すべきことが大切でいとおしくて、頭の声に支配されなくなった感覚があります。
今日、息子を無事病院に連れていき、雪の中ぐしゃぐしゃになった自分に対し、思ったことは「こんな状況でちゃんと子どもを病院に連れて行って何ともないよ大丈夫だよと先生に言ってもらえて息子も安心して、私めちゃめちゃ偉かった!」とこのうえなく自我自賛をしていました。
書くと恥ずかしいですが。
「べきべき」より「ゆるゆる」
頭をゆるめて、ゆるゆると。
きっと、ゆるゆるとべきべきの波は繰り返しやってくるのかなと思います。
でもべきべきの大波が小波になっていく予感がありつつ、そうなるようにあまり考えずにこのゆるゆるの波を楽しみたい。
ストイックさがなく、成長するにはあまり望ましくないかもしれませんが、「成長」というキーワードが心地よくなった時にはきっと心の声が聴けると思うので、今はゆるゆるとマイペースに残りの育休期間を過ごしていこうと思います。
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