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プチプラコスメ、天気予報、インスタントコーヒー

ぼくには忘れられない恋がある。
その恋のなれそめについて、ここで話そう、などという気は毛頭ない。

ぼくは朝6時に起きる。
テレビをつけて、いくつかチャンネルを行き来したのち、天気予報をやっている局にして、支度にかかる。今日は雨か。おニューの傘を携えていくとしよう。

T-falをセットする。朝のインスタントコーヒーブレイクがぼくの楽しみのひとつだ。寝癖を直し、ドライヤーの暖かい弱風で荒くセットする。ラフスケッチのような感じだ。ワックスを取り、ふたをあけた。

ふたが床に落ちた。コロコロときれいに転がり、棚の下へと入ってしまった。ぼくは棚の下を必死にのぞきこんだ。ふたはさほど遠くない位置にある。がんばればとれそうな位置だ。

ぼくは手のひらの入るところくらいまでを床と棚の隙間に入れ、触覚を頼りにしてふたを探した。
若干指の長さが足りないか、ふたを取るのは中々悪戦苦闘だ。これはまた別の機会にゆずり、ひとまずしばらくはサランラップでワックスのふたはしのぐとしよう。

ぼくはサランラップを取りに台所まで行った。いくつか使いかけのサランラップが出てきた。なんとも自分の性格が中途半端をよしとするなぁと思いながらも適当な1つを手に取り、乾きかけのワックスちゃんに保湿をしてあげようと思った。

テレビはCMをしていた。プチプラコスメのCMだ。こういったCMのタレントさんはほんとに綺麗だなぁと思った。

「どんな私も好きになっちゃえっ!」

ほほう。非常にときめく台詞だ。こういった台詞を考える人はきっと悪い人だそうにちがいない。自分にももしかしたらそういった才能があるかもしれないな。そしてぼくは持っていたサランラップで遊びはじめた。

まずはバトンにみたたててみた。
「君のぬくもりたしかに受け取ったよ、あとは任せろ100m」

あまりにも良くないので悔しくなった。別のを考えよう。

タバコにしてみた。
「吸うんじゃねぇよ、吸ってしまうのさ」

依存しているだけじゃねぇか。
と、灰を落とすジェスチャーをした際にサランラップを落としてしまった。その落下先には小指。思いの外攻撃力の高かったサランラップからのダメージに衝撃と痛みのダブルコンボで飛びはねたぼくはその拍子にドンガラガッシャーン。
T-falをドンガラガッシャーン。
熱湯になり損なった熱めのお湯を脇腹にあびる。

あちちちちちちちちちちち!

こりゃ参った。こりゃ参ったよ。
着替えるために寝室に戻り、服を脱いだ。

そしたらもー何もかもがどーでもよくなってしまった。
ぼくはなんのために生きているのだろうか。
ぼくのような取り立ててなんの才能もない平凡な凡人の凡凡が、生きててどなた様のお役に立てるのだろうか。あーセックスしてぇな。
こんなときピピピッと呼びだせるよーな気軽なお友達がいてくれたらと思いますねぇ。
かといってぼくはマッチングアプリを入れたはいいものの、気軽なお友達になれるような高尚で繊細なコミュニケーション能力を持ち合わせているわけでもないし、ただただ2番目に安いプランなんかで課金しながら時々高まった情欲を盛り上げるためにチャットを交わして満足するよーな、企業にとって便利なコンシューマーなんすよ。そーいった気軽なお友達のよーな関係になれる度胸も金もねぇってわけですよ。

うわぁー。なんかすげー負け惜しみマンじゃん。ニーチェがいうところの。負け惜しみマンじゃん。
あー、実際のところ、みんなどーなんだろうなー、なんかこう、虚しくないのかなぁ。

ぼくの視界には、ぼくの不手際により保湿をお預けされているワックスが見える。そして、今日新しく携えていこうと思った新しい傘。細身のわりに頑丈であり、なにより持ち手の部分のカーブが気に入っている。きっと綺麗な貴婦人であればあのカーブを使って、男の首根っこをオラオラと引っかけ回るのだろうなぁ、、、、、、、

ぼくは立ち、おニューの傘の持ち手とは反対部分を持った。
かがみ、棚の下に持ち手の部分をつっこんで、ワックスのふたを回収した。

その日、ぼくは忘れられない恋い焦がれたあの日のような清々しい気持ちで1日を過ごした。

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