失敗に価値がないのは、お前の責任

こんばんわ。
今日は、『失敗に価値がないのは、お前の責任。』というテーマで書きたいなーと思います。少し尖った題名ですが、最後まで読んでみてください。


僕は、8歳からサッカーを始めて高校3年の18歳まで寝てる時間以外をサッカーに費やすほどサッカーに熱中していました。

10年間をサッカーに費やした代償は大きく、高3の進路を決める時期に初めて自分の学力の低さを認識し、あまりにも選択肢の少なさに驚きました。サッカーのことしか、考えていなかったんですね。
今思い返すと僕を苦しめたものは勉強だけでなく、サッカー大好き少年だった僕にいつも立ちはだかっていた大きな壁がありました。それは全国大会です。

僕は、小学生の頃から全国大会を目標にするようなチームに所属していました。
小学生 関東大会止まり
中学生 県大会止まり
高校生 県大会止まり
遠征や合宿では、全国に名を轟かす強豪チームに勝つことは出来ても、県大会を勝ち抜くことは出来ませんでした。

僕は10年間で一度も目標を達成出来なかった訳です。
すなわち、僕の10年間の挑戦は一度も成功できず、失敗し続けた10年間でした。


しかし、22歳になった今その失敗だけだった10年間に悔いはなく、何度人生をやり直すことがあっても僕が通ってきた道をもう1度通りたいなと強く思います。

それはなぜか。

"失敗を繰り返した10年間" なんて聞いたら地獄のように聞こえてしまいますが、そんなことなかったんです。
全国大会には行けなかったけれど、僕はとても大切なものを得ました。10年間全国大会を目指していたのだから、もちろんサッカーは上手くなりました。しかし、サッカーというスポーツからは少し離れた所に大切なものがありました。

それは、共に苦楽をした "仲間" とその "経験" です。
#仲間などの人間関係についてはまた後で話すね
今日は、経験について詳しく話したいなと思います。

経験と言うけれど、失敗し続けた10年間に何の価値があるんだ!と思うかもしれません。
僕が費やした10年は、挑戦の連続でした。

どうして試合に出れない?
自分の長所は?
それをどう活かせば試合に出られるの?
このチームに足りないところは?

僕自身の個性、能力を集団の中で活かすことを1番考えましたし、10年の間成果が現れなくても努力し続ける忍耐力も身につきました。
サッカーをやめても、働き出してもその経験はすごく活きていますし、今後も活きると思います。

本稿で僕が1番伝えたいことは、
「失敗しても努力しているその期間費やしたことで本来の目的と違っていても、得られている何かを自分で見つけることで失敗したとしても無意味ではないことになる。」
ということです。

こんなことを言うと、少し強引に感じるかもしれません。でも、もう取り返せない失敗をしたときにできることは、このくらいだと思います。

一生分の涙を流すほど悔しいをして、絶望する。
その後にできることは、

その過去をどう肯定するかであり、どう活かすか。

こう考えることができれば、失敗したときの怖さを少しは軽減できるかなと思います。
そうしたら、これからの人生でもきっと挑戦しやすくなるし、勝負しやすくなるかなと思います。

挑戦するときや、失敗したときがあったら、これを思い出してみてください。



#挑戦 #失敗 #起業

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