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山、いきる。

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名もないひとりの高校教諭が、山に目覚め、山にのめり込み、そして山にいきる意味を問う。 そんな、山にまつわるエッセイです。
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記事一覧

新婚旅行、ついでにモン・ブラン危機一髪(後編)

残るは、まさしくケーキの名のごとく丸みを帯びた丘を登りつめるだけだ。 残念ながら、ピークはガスっており姿を望むことはできないが、本当にもう少し。 どれだけゆっくり登っても2時間あればモン・ブランのサミットだ。 モン・モディまでかなり飛ばしたので、体力は消費しているが、今ならピークまで行って帰って来れない事はない。 肩でしていた呼吸を少し整え、再び白い世界を歩き出す。 そこから大きく弧を描くように、コル(Col de la Brenva)を抜ける。 斜面の取り付きま

新婚旅行、ついでにモン・ブラン危機一髪(前編)

ジリジリと肌を痛めつける太陽。 絵の具で描いたような、青い空。 その二つに反射する眩い峰々、その麓でそよそよと揺れるトリコロールの三色旗。 2013年8月、新婚ホヤホヤのぼくと妻は、フランスのシャモニーに居た。 歴史ある世界有数のリゾート地に来て上機嫌の妻を前に、ぼくは別の意味で笑みが止まらなかった。 それもそのはず、約半年前から粛々と進められていた「新婚旅行、ついでにモン・ブラン」計画が、遂に実行の時を迎えたからだ。 実行に移す前に、皆さんに計画の詳細を説明しよ

TOKYO ART BOOK FAIRにて写真集が発売されます

いつか、本を出版してみたい。 本が好きな人なら、一度は誰しもが夢見ることではないでしょうか。 ぼくもその一人です。 星野道夫さんに憧れて、いつか、自分の写真や文章を一冊の本として出版してみたいと思っていました。 ”夢は言葉にすれば実現する。” そう信じて、「いつか本を出す」と言い続けてきました。 でも、そう簡単にはいきませんでした。 そもそも、誰が自分の文や写真に共感してくれるのか。 大事なことが抜けていた気がします。 ただ、文章を書くことは好きなので、ずっ

アマ・ダブラム

ヒマラヤのアマ・ダブラムの頂に届かなかったあの時から、10年が経った。 10年間、あの日登れなかった頂を越えようとしてきた。 この10年で、僕の身には大きな変化があった。 結婚して、子どもを2人授かった。 仕事が多忙を極め、身体も動かなくなってきた。 あれだけ近かった山が遠くなっていく感覚。 もちろん、ヒマラヤも。 だけど、山でなくともきっと別の高みはあるはずだ、と探してきた。 どこかにアマ・ダブラムはあるはずだ、と。 でも、未だ僕はアマ・ダブラム以上のもの

約束の山

フィルムカメラを携えたはじめての山行。 どうしても行きたい山があった。 北海道の主峰、旭岳である。 今から10年前の6月に、ぼくは旭岳の山頂で妻にプロポーズをした。 この日のために、ぼくはサプライズで妻にもうひとつ指輪を買っていた(どうしてこうなってしまったかは、また別の機会に)。 プロポーズした瞬間、めちゃくちゃ良い雰囲気になったが、あとから登ってきた老夫婦の声で気が抜けてしまい、二人で笑ったのは良い思い出だ。 妻は10年目は来年だと言っていたが、ぼくは覚えてい

山との向き合い方

ぼくは山岳関係の書物がすきだ。 そこには、山と関わった人たちそれぞれの人生があり、ドラマがある。 でも同時に、読んでいて違和感を持つことも多々ある。 特に記録的な物差しで語られる山の世界は、どうも好きではない。 もちろん純粋に、すごいなぁ!と思うのだけど、それは彼らの記録に紐づく栄光や名誉に対しての羨望ではなく、より過酷な状況で「生」を発露する人間としての魅力に感嘆しているのである。 山岳会を頂点に、存在する山の世界のヒエラルキー。 登山という行為がそれ自体に意味

直行さんの教え

六花亭の包装紙のイラストで有名な画家、坂本直行(なおゆき)さん。 ”ちょっこうさん”という呼び名で親しまれた彼は、坂本龍馬の末裔でもある。 これは、ちょうど90年前の1931年5月22日に直行さんが書いた鉛筆書きのデッサン。 わが家には数点、直行さんの絵が飾ってある。 そんな直行さんが、北海道十勝の広尾村(今の広尾町)で、裸一貫で原野に飛び込み酪農をやっていた記録が2冊の本になっている。 「開墾の記」、そして「続 開墾の記」だ。 原野を切り開き、痩せ地に地力を与え

K2冬季初登頂に思うこと

2021年1月16日。 世界中の山ノボラーたちの耳に、とんでもないニュースが飛び込んできた。 冬季のK2に初登頂!!?? 10人が同時登頂!!?? しかも登頂したのは、ネパール人チーム!!! これは間違いなく、登山史を塗り替える快挙だ。 K2冬季登頂がどれぐらい凄いのか??世界には8,000峰が14座ある。 世界一は、みなさんご存知エヴェレスト(8,868m)だ。 そして、世界二位の高峰が、K2(8,611m)である。 そのうち、K2以外の13座はすでに冬季

モノクロームと山の師匠

どこの山岳会にも属しておらず、山の先輩もいない、そんな素人山ノボラーの私が、勝手に山の師匠と崇めている女性がいる。 大学生の頃、私はバンド活動に夢中で、日常の中で山なんてかすりもしない生活を送っていた。 そんなときに、彼女と出会った。 小柄で整った顔立ちの彼女は、大学の一つ後輩。 ど真ん中!タイプの女性だった。 そんな彼女は大学のワンダーフォーゲル部に所属していた。 最初、ワンゲルと聞いた時に、僕は彼女がどんな活動をしているのか、皆目見当もつかなかった。 ワンダ

祈りの山 ~後編~

8月8日。 昨晩は原口家に大変お世話になった。 結局久しぶりの酒盛りで盛り上がり、ほとんど寝なかったため、4時半に起こされたときには、寝た瞬間に起こされた感覚で少しぼけーっとしてしまった。 そんな寝ぼけた状態の私を原口さんは扇沢まで送ってくれたのだった。 「すぐ近くだから」と言って、小一時間かけて笑顔で送ってくれた原口さん、つくづく親切な人だと感動。 心から感謝です。 扇沢からはトロリーバスで黒部ダムへ。 ここがかの有名な黒部ダムかと感心。 プロジェクトXの見

祈りの山 ~前篇~

静かに手を合わせ、祈る。 遠い世界へ旅立っていった故人を想い、未だ苦しみや悲しみを抱えて生きる人々を想い、そして病と闘う彼女の父を想い、私は祈った。 心を無にして。 遠くにかすむ富士を望みながら。 隣で手を合わせる僧侶の念仏が、遠くに響き渡る。 自分の身長を足してちょうど3,000mを越える剱岳の頂は、太陽の光に満ち溢れていた。 霊峰剱の山の声、諸行無常の響きあり。 2011年。 この年、日本はこれまで経験したことのない未曾有の震災に直面した。 3月11日に

特別選抜Aチーム

私が勤務している高校では、6月に1年生を対象に2泊3日の宿泊研修という行事が行われていた。 その主旨は、体験学習を通じてお互いの理解を深め合うというものだが、中身は完全に登山遠足である(今は違います)。 場所はニセコ連峰。 登山は2日に渡り行われるのだが、これが結構ハードな山行なのである。 私が1年生を受け持った2011年、この年は例年2日間ニセコでの行程を変更し、1日目は小樽にある塩谷丸山(629m)、2日目をニセコ縦走登山とした。 1年生の学年団は私をはじめ、山

告白

北海道には、日本のシンボル富士山に似た円錐形の美しい山がある。 日本百名山に選定されており、蝦夷富士とも呼ばれる山、後方羊蹄山である。 羊蹄山は、北海道の後志地方南部にあり、標高1,898mの成層火山である。 羊蹄山に登るには、半月湖から登る倶知安コースの他に、京極コース、真狩コース、喜茂別コースの4コースがあり、どのコースも往復で7時間から9時間程度がかかる。 美しいものには棘があるじゃないけど、見た目は美しいが、行程は可愛くない山である。 羊蹄山は、冬が特に美し

夕張岳と夕張メロン

山登りをしていると、こんな冗談みたいな体験をすることもある。 ある週末、私は国道274号線から国道452号線へと車を走らせていた。 電子時計は午前5時を表示している。 天気は霧雨。 コンビニで買った菓子パンを頬張りながら、あまり視界の利かない薄暗い道を行く。 いくつかの小さな標識を頼りに、14キロの林道の果てにたどり着いた目的地。 そこが標高1,668mの「花の名山」、夕張岳である。 夕張岳は、北海道の中央部を南北に延びる夕張山地の南端にそびえる山で、夕張市と南