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あの頃のわたし ②

総じて、「お、これ、イケてるやん」と躍起になって、夜中に書いた文章というのは、翌朝起きて読み直してみると、小っ恥ずかしくなるようなイタいことになっている事例が多く見受けられるのではないかと思われます。
「夜中に書いたラブレターは必ず読み返してから出せ」と、昔、なにかのラジオ番組でDJが話していたのをふと思いましたが、まさにその通りですね。
中学生くらいの頃に書いた文章や作品も、総じてそんな傾向があるようです。
先日片付けの際に押し入れから偶然出てきた当時の日記や詞や曲のノートを見ると、世間のしくみもそんなによくわかっていない中学男が、ありったけの背伸びをして書いた現実味のない文章は、それはもう恥ずかしく、絶対白日のもとに晒してはならない、と、処分することを決意した次第ですが、一方で、ちょっとしたネタになるかもしれない、と、楽譜だけは、写真に残して、とりあえず置いておくことにしたのでした。
楽譜は、直接的な文章ではないので、小っ恥ずかしさ度合いでいうと、まだマシであることと、自分のルーツを探るうえでも結構貴重な資料だったりもするので、ちょっとおもしろいかなと感じたのでした。

当時の作曲ノートは3冊ほど。当時、ポップスや歌謡曲に関心があって、そっち方面の作曲家に憧れて、日々メロディとコードを考えては書き取っていました。中学2年生から3年生頃だったかと思います。
当然ながら今考えるとなんでこんなメロディ?とか何故ここでこのコード?など、理解に苦しむものも多いのですが、当時はそれがイケてると思っていたのでしょう。相当イタいですね。
とはいえ、時間が経てばそれらも笑いのネタです。
そんな当時のノートから、気に留まった譜面を紹介していこうかと思います。とりあえず今日は1〜2曲ほど。(長い枕でした)


というわけで1曲め。当時から記譜があまり上手くないのですが・・・
いつ頃作ったのかは定かではありませんが、メロディを読んでいて、思い出してきましたよ。ペンタトニックっぽい響きのメロディで、ちょっと和風っぽい雰囲気を出したかったんだと思います。が、なんとなく中途半端です。
おそらく、当時聞いていた原由子の「花咲く旅路」みたいな感じの曲を作りたかったのでしょう。冒頭でCの順次進行を使っているようですが、Cの次がEm7/Bになっていて、おそらくここはEm7としたかったのかな?という形跡が伺えます。コードワーク的には、次のコードがFならば、onBよりは、Em7を持ってくる方が自然ではないのか、当時のわしよ・・・。
写真の2行めのCadd9なんかを見てると、とりあえず凝ったことがしたかったんだろうなあ、ということが想像されます。とはいえ、F-5とかG6とかは、いくらなんでもおかしいでしょうに・・・
で、スケールがCで推移してきて、最後の最後になぜかCmスケールで終止するという謎。しかもメロディはCメジャーのままでC6 - Fm7 - Cmと推移させるあたり、一体何を考えていたのか、まったく理解できません・・・
まだ見よう見まねで曲を作っていた頃の、なんとなく凝った曲作ってみたい感満載の楽譜です。ちーん。。


それでは、もう1曲。これはさっきよりも随分曲っぽくなってますかね。でもまだだいぶぎこちない。字余り的な小節数だし。
おそらく上3行とそれより下で、別々の曲なのではないかと思われます。
いっちょまえに、覚えたてのJポップの王道コード進行、4-5-3-6をいきなり使っております。てゆっか、この当時流行ってた曲はほんまにこのコード進行ばっかりでした。手を替え品を替え、いろんなところで見かけましたし。
さりげなくクリシェなんかも使えるようになってるあたり、マセてるよなーと思われます。
この曲の楽譜、よくよく眺めてみると、パーツごとではありますが、最近アップしたhammeの「Le ciel rouge au soir」にも使われてたりします。
Am7 - G/Bの流れとか、Em - Em/D# - Em7/D - C#m7-5とか。
この当時にすでに現在のスタイルを確立していた、というとなんかかっこいいっぽい、けど、好きなコード進行の趣味は当時から変わっていないっちゅうことでしょうかね。

書いててだんだん恥ずかしくなってきました。
これ読んで、hammeの新しいCD聴いていただいたら、その違いにある意味衝撃かもしれませんね(笑)。

ではでは今日はこの辺りで・・・。

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