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極限のエンタープライズ営業(天の巻)

はじめに


 
本記事を書こうと思ったきっかけはベンチャーやスタートアップの方々と意見交換をさせていただく中でエンタープライズセールスが世の中に少ないという課題への共感とエンタープライズセールスという言葉の解釈にばらつきがあると感じることもあり、自分なりに整理をしつつ記事を公開することでエンタープライズセールスというものへの理解とまた意見交換のきっかけになればと思い記事を書いてみることにした。

 この記事の前提の一つ目としてはベンチャー企業の立場からエンタープライズ向けにアプローチしていくことを主軸にしている。知名度もリソースも劣るダビデとゴリアテのダビデ側に立っていることを前提にしているため、外資系企業や大手企業だと当てはまらない部分もあることをご容赦いただきたい。

 前提の二つ目としてこの記事ではエンタープライズでも大型案件を前提に言及していく。 BtoBのビジネスにおいて大型の案件を突き詰めていく自ずとエンタープライズ向けの案件になっていくわけだが、エンタープライズの案件でも必ずしも大型案件とは限らない。今回は敢えて極端な大型案件を前提と置くことでよりエンタープライズ向けの営業活動というものの輪郭がはっきりすると考えたからである。

 きっかけはエンタープライズ営業という人についてではあるが、人について考える上での前提を整理するためにこの記事では天・地・人の3部に渡って構成している。1つ目は天の巻と題してそもそもエンタープライズ企業向けの営業がなぜ難しいのかを考えていく中で乗り越える必要があるを整理する。2つ目は地の巻としてエンタープライズ向けに営業をする際に生じる壁を乗り越えるための考え方と思考のフレームワークについて整理する。3つ目は人の巻としてフレームワークを用いて営業をする際に必要となる要素とエンタープライズ営業が成長し、活躍する上で重要となる環境についても記載していく。一筋縄ではいかないテーマということもあり、思った以上にボリュームが増えてしまったが、同じくこのテーマに興味・関心がある方に読んでいただければ幸いである。

 前置きが長くなったが、そもそもエンタープライズの大型案件がなぜ難易度が高いと言われているかということから整理していく。既に様々な方々がnoteや記事で発信されていることでもあるので関連記事も参考にしていただきたい。特にSMBでトップセールスという経験をもちながらもエンタープライズ営業に挑み悩みながら進んでいった臨場感がある下記のnoteはリアリティがあってお勧めだ。

[Enterprise立ち上げの大失敗から、史上最高金額の受注までの道のり|渡邊
進太郎 (note.com)]


 端的に言えばエンタープライズ営業の難しさとは大手企業の予算サイクルの中で長期化し、関係者が増えるほど意思決定の関与者が増え、複雑さが増すことで難しくなるというのが通説的に言われており理解もしている方も多いと思うがここではもう少し掘り下げて考えていきたいと思う。


エンタープライズ営業の壁 その1:検討の目の細かさ


 エンタープライズの大型案件の場合は単純に登場人物の数の問題だけではなく、何千、何万という社員が業務を進める上で一つの業務量自体が膨大故に担う職務分掌も細分化されていく点がある。例えば数十名~100名くらいの企業の人事部だと人事業務のプロセスの全容を把握しやすいが、1000名を超えてくると一人の担当が全ての領域を把握することは難しく人事の〇〇担当という形で単位が細かくなっていく。また、予算を保持するオーナー部門で全てを決めることも難しく特にシステムなどの場合はIT部門の作成したポリシーなどがある場合も多い。そして、組織の規模が大きくなるほどルールやポリシーも増えていく傾向にある。
 単純に関与者が多いということではなく、その関与者の担う職域が細分化され、それぞれの視点で評価をされることになるという点だ。また、立場によっても観点が変わってくるので全体最適としての俯瞰したメリットと業務に沿った具体的な提案の両方が求められることが多くなる(場合によっては部門間での意見が対立することもある)。
 人が多くてもトップダウンでバシッと決まるというケースを想像される方もいるかと思うが、実際はトップがいいと思ってもそう簡単に物事が進まないケースの方が多い。もちろんケースバイケースではあるがトップは何かを変えろということまでは強権的に指示はできるが、どうしろという実行手段においては現場とその責任者が考えて実行するケースも多い。実際に考えて手を動かすのはその職に当たる方々なので、特に日本の大手企業の場合は余程の理由がない限り現場の利用ユーザーの意見を無視してまで何かを導入することはほぼないと考えた方が現実的である。ちなみに万が一強引に受注まで至ったとしたらその後のプロセスにおける火種になるため、結果的にトップやキーマン、チャンピオンと呼ばれる1人格だけを抑えられていればいいという単純な話にはならないのである。

エンタープライズ営業の壁 その2:検討期間の長さ


 上場している企業は中期経営計画や年度の予算計画に沿って投資を行っているので施策として提案を行う際にはそのサイクルに沿って営業活動を行っていく必要がある。そもそも会社によっては中期経営計画に記載する時点で導入するソリューションが決まっていることもあり、予算を取っている時点で既に投資対象が決まっているケースも多い。予算もあり検討していますという時点で既にコンペが営業をかけていると認識して危機感を覚えた方がいい。予算があってラッキーなどとぬか喜びをしている場合ではないのである。  
 その前提に立つとそもそも何のための予算を確保するかという段階から提案を始めて予算を確保した上で何のソリューションを選択するのかというところまで考えても半年~2年くらいのリードタイムで提案することが普通なのである。例えば3月末決算の会社であれば予算の申請は10月~11月くらいに取りまとめて年末から年明け2月くらいにかけて審議して2月~3月に確定して4月から執行していく流れになる。タイミングよく9月~10月にコンタクトを取れてたまたまタイミングよく提案がハマったとしても4月なのでおおよそ半年くらいはかかることになる。
 営業のアプローチを開始してから予算取得(なぜ現状を変更する必要があるか、どの方向で変えるべき)という動きがあり、予算取得ができてから実際の導入計画やソリューション選定を行っていくというサイクルで考える。そう考えると1年半前後をリードタイムのスタンダードとして考え、案件ごとの要因によって想定リードタイムを短縮したり逆により長期に考えていくことを前提に置いた方がいい。どうしても今年度や今四半期に入るのかという視点でだけで物事を見ると時間軸がずれているので、継続すれば提案機会を作れる案件を見過ごすケースも少なくはないのではないかと思う。

エンタープライズ営業の壁 その3:変化への慎重さ

 関係者が多いということは影響度も大きくなるため説明責任も大きくなる。自ずと何かを検討する際にも慎重になると考える方が自然である。あなたが提案をする際に最大の競合は現状維持なのである。そもそもだが、顧客企業の業務はその企業の歴史の中で担当されてきた方々が改善を重ねて成り立ってきた成果でもある。それを昨日今日会った人間に「御社の課題はこれで、自社だと解決できます!」と元気よく言われたところであっさり納得するわけがないのである。仮に何かの必然性によって変えざるを得ない状況の検討であったとしても、強い動機がない限りより現状に近いソリューションが有利になっていく。
 また、多くの企業があなたのソリューションが提示している課題に対してこれまでも検討などの取組みをしたことがある可能性が高い。その時に意思決定しなかった理由や要因を踏まえてなぜ今回は違うのかを抑えなければ検討する価値そのものがないということも珍しくない。なかなか本腰を入れて検討しないように見えて情報収集はずっとしているということもよくある話である。

 要するにエンタープライズの大型案件の難しさとは時間をかけて少しずつ事実を集めながら目に見えない不確実性と向き合い続けるという難しさなのである。例えるなら雲の先に隠れた頂に登る登山のようなものである。

 ここまで難易度について述べてきたが、エンタープライズ企業の案件だからといって全て大型で上記の壁があるとは限らない。商材によっては部門に限定した提案が可能であったり、事業部での決裁権が大きかったり、変革をミッションとしたパワフルな担当者がいたりと幸運な要素によってはスムーズに案件が進むこともある。昨今ではDXやAIへの取組みを積極的に行っている企業も多く、法改正や外的要因などの追い風の恩恵を受けることでそこまで悲観的に考えずとも進む案件があるケースもある。ただ投資金額や影響度が大きくなるほどそういった追い風の影響は小さくなり上記3つの壁が重く立ちはだかってくる。そのような追い風に頼らずに地に足をつけて提案を進めていく力があるかということが本質的な営業の力だと考えている。

大型エンタープライズ案件の功と罪

 改めて、そんな難易度と不確実の高さがありながらも大型のエンタープライズ案件を狙うことにどんな価値があるのだろうか?

 エンタープライズ市場に向き合うということは単純な1ショットの売上だけの問題ではない。 大型案件による売上へのインパクト、知名度の高いフラグシップユーザー獲得によるマーケティングへの波及効果、エンタープライズのリクエストを満たすための製品フィードバック、プロダクトを活用するためのサービスの拡充 etc…シンプルに思いつく例を挙げても事業計画をポジティブに書き換えビジネスのステージを飛躍させる大きなきっかけとなることがエンタープライズ向けに乗り出したい企業が期待することではないだろうか。
 片やその取引がもたらし兼ねない負の側面についても考慮すると、大手のリクエストに耐えうるだけのプロダクト強化(パフォーマンス改善やセキュリティ強化、運用管理機能の追加等)。場合によってはプロダクトの別ライン化が生じることもある。CSも標準から外れた個別の対応や専用サポート体制の構築と維持、踏み絵のような契約上の覚書 etc…ここまでくるとSaaSだから、他社でもこれでやってますという論理では通用せず、会社としてそのプロジェクトをやり切る覚悟があるかという話になってくる。営業が案件取れたら考えます、頑張りますなどという中途半端な態度で臨むと痛い目を見るだけなのでわざわざ険しい道を上らず別の道を模索することをお勧めする。  
 エンタープライズの大型案件を狙いにいくということは単純にエンタープライズセールスがいればいいということではなく事業戦略の話であり、エンタープライズというマーケットに対してPMFしにいくかという話なのである。

 次章となる地の巻では目に見えない不確実性の高い案件と向き合い続けるためにどのような考え方と思考の武器となるフレームワークを持って立ち向かっていくかについて述べていく。

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