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極限のエンタープライズ営業(人の巻)

はじめに

 ここまで天の巻、地の巻と書いてきたが今回の記事はこの人の巻が本題となる。天の巻では大型エンタープライズ営業の難しさとその要因となる壁について整理し、地の巻では大型エンタープライズ案件を進める上での考え方とフレームワークについてまとめてきた。人の巻ではそれを使いこなすためにどのような思考のスキルが必要か、またエンタープライズ営業を育てるための環境について触れていきたい。なお、この記事ではマインドセットやコミュニケーションなどについては言及しない。


エンタープライズ営業を進める上での3つの要素


要素1.洞察力と想定力

 バイヤー相関図を使いこなすために必要となるのが洞察力だ。単純な業務的な話だけではなく、打合せの相手が社会や会社の中でどのような立ち位置にいて何に影響を受けるのかということにまで考えを巡らせて会話をする必要がある。当たり前だが大きな組織の中でも同じ部門の人だけが人間関係ではない、例えば同期や大学の先輩後輩、よく飲みに行く間柄、部門を超えた交流しやすい会社なのか、またはそうでないのか。直接的な会話だけではなくとも雑談や言葉遣いの端々からそういったことを推察できるかということである。バイヤー相関図という名前のポイントはまさにここにある。その会社の中にいる人間ではない営業が、多くの人が関与しながら意思決定の力学の前提を読み解くには表に出ている発言だけではなくその言葉の中に含まれているニュアンスから個人の感情や組織の関係性を類推する必要がある。

要素2.意思を持った目的志向  

 アカウントプランでは「売るものを決める」ことが目的と述べた。会社にいると自社の製品やサービスを提案することが当たり前に思うかもしれないが、なぜ他の選択肢ではなくその顧客にとって自社の製品、サービスがベストなのかということを論理的にも自分の中の正義としても持っていないと1年先、2年先の提案などとてもではないが続けられるとは思えない。仮にだが「商材はなんでも提案してもいい」となったら何を提案するかという問いに自分の意思で答えられるかどうかだ。何を売るかもそうだが、長い営業のプロセスの中で顧客も一定のペースでフェーズに沿って一方向に検討を進めていくわけではない。様々に状況が変化する中で検討のプロセスをリードしていくためには目的と意思を持って「今の状況なら次はこういうことするのはいかがですか?」と提案していく必要がある。要するに既にある(ように見える)答えを探すのでなく、自分で考えて答えを作れるか否かということが必要になってくる。

要素3.逆算思考とシナリオプランニング

  当たり前の話だが営業である以上受注に向かって日々の活動を行っている。常に何がどうなったら受注に至るのか、この案件が前に進むのかということを逆算して考えていく必要がある。逆算思考という考え方自体はこの話に限らず実践している方も多いだろう。ただ、3か月以内の案件であれば割とクリアに見えるがそれが半年、1年、2年となってくると計画は立ててみるものの、書いた本人も「本当にこの通りに進められるのだろうか?」と疑問を持つだろう。そこで逆算だけではなく段階的に詳細化していく必要がある。大きなマイルストンは逆算して考えつつ、そのマイルストーンのフェーズで何を満たす必要があるのかということを具体化して段取っていくことだ。また必ずしも想定した通りに物事が進むとは当然限らないため、進捗によって複数のシナリオを想定しつつ受注に近づくための理想的なシナリオとのズレを考えながら戻していく動きをしていく。中長期のシナリオと短期の活動を行ったり来たりしながらゴールと日々の活動を結び付けていく必要がある。自分で計画を立てつつも柔軟にそれを見直す機会も必要だ。

エンタープライズ営業を育む環境について

 ここまで三種の神器を使いこなすにあたっての大型エンタープライズ案件に特に必要になってくる考え方について述べてきたが、これらを一時的ではなく長期間に渡って考え続けられる思考体力がある種最も重要な要素とも言える素養でもある。一つ一つの考え方やスキルは伸ばしていくことはできるが時にはネガティブな状況や想定の中で考え続けるには精神的なタフネスさが必要でありスタミナが求められる。皮肉にも同じ営業でもSMBセールスが数字達成のために一つ一つの案件よりも瞬発力と筋のいい案件を見極める選球眼を磨いていくことが一つの案件について深く考え続けるスキルと逆ベクトルのスキルを伸ばすことになるため、SMBセールスとしての経験を長く積んだところでエンタープライズ営業に必要な素養の下地にならないという可能性さえもある。
 わかりやすい成果が出せる方が多くの人にとっては安心できる。1年間受注という目に見える成果が出るかもわからないミッションを持つというのはそれだけで避けたくなる人も多いだろう。最初は意気揚々とチャレンジしても成果が出ない期間の中で焦り、短期的な思考に陥ることで逆効果になってしまうことにもなりかねない。下手をすると大袈裟ではなく心を壊しかねないのでそういった事態を避けるためにもエンタープライズ営業を育む環境についても述べていく。

エンタープライズ営業は一人では成らず  

 天の巻でも述べたが大型エンタープライズへの営業というのはスペシャルな営業が1人いれば売れるという単純な話ではなく事業戦略の話であると述べた。時に開発やCS、経営者を巻き込みながら営業を進めていくことになる。初期的には一人目の営業であっても事業のチームとしてコミュニケーションをしながら進めていくことが提案上も営業の精神的な面でも必要になってくる。例えるならRPGでパーティーを組んで臨む方が勝率も高くなるようなものだ。 営業が組織化していく段階においてもチームの活動が重要になってくる。地の巻で述べた三種の神器のどれも一時的に書くことが目的ではなくレビューし、ブラッシュアップしながら精度を上げていくことに意味がある。そもそもメンテンナンス自体が面倒くさい代物なのでチームとしてレビューをするという文化がないと定着しない。
 また、シナリオを想定する際にはこうすればいけるのでは?というポジティブな発想と何が障害で案件が停滞・失注となるのかというリスクを洗い出すネガティブな思考を行き来する必要がある。それを一人の頭で行うには相当にストレスがかかる上に想定の幅にも限界がある。本当のリスクは常に想定の外にあるからだ。その際に複数の目線で案件をレビューすることで一人で考えるよりも発想を広げることでより精緻にシナリオをブラッシュアップしていくことにもつながる。 加えて、チームで案件をレビューすることの大きな効能が育成、学習面にもある。自分が担当していない案件でも自分だったらどうするかという疑似体験を通じて自分の引出しを増やすことにもなる。ただでさえ量を回すことが難しい大型エンタープライズの案件において自分以外のメンバーが担当している案件について考える機会は貴重な学びの場なのである。

リスペクトしあえる環境であること

 提案段階では不確実性と向かいながら心を擦り減らしている中で「まだ売れないの?いつ売れるの?」という質問は愚問中の愚問である。誰よりもそれを考え望んでいるのは営業本人だからだ。案件の規模が大きくなり影響が大きくなるほど担当者の肩にのしかかるプレッシャーも重く大きくなる。例えば上場や資金調達に影響を与える状況で不運にも他の案件の進捗が芳しくなく、その1件が取れるか否かで自分と会社の未来が変わる局面においてもし失注でもしようものなら取り返しがつかない状況下に追い込まれたことを想像してみてほしい。クロージングフェーズにはプレッシャーから呼吸も浅くなり思考も鈍くなるような、さながらデスゾーンにいるような感覚にもなるというものだ。そんな中で冒頭のような無神経な質問でもしようものなら精神状態によっては殴り合いの喧嘩になる事態に発展しかねない。そんな局面で経営や責任者がかけるべき言葉は「自分の出番はいつか?」だ。あくまで担当一人の問題ではなくチームや事業の優先事項として一丸となって事に当たれるかが本当に重要な要素となる。
 大型案件は受注した後に開発やデリバリーに大きな負担をもたらす側面もある。苦労して案件を獲得した先に「こんな案件持って来たの誰だよ」などという言葉を浴びせられようものならチームとして信頼できるだろうか?当然、社内外に不誠実になるような売り方や関係部署と丁寧にコミュニケーションを取らずに営業が独断で提案を進めるなどは言語道断だが、プロジェクトを進める中で問題が顕在化することも珍しくはない。トラブルが起きた時に一丸となって対応できるかも非常に大事なことだ。
 営業もまた関係者からリスペクトされる振る舞いをしなくてはならない。つい顧客に目を向けるあまり社内には無神経になりやすい。案件を人質に他部署を脅してはならないし、大きな案件を取ってドヤ顔をするのもいいが自分の力だけで取ったかのように勘違いせず周囲への感謝を忘れてはならない。

中長期の活動も評価されること

  評価や評価制度も影響する。どの企業でも四半期や半年に一度の評価を行うと思うが、年間の最後に達成はしたがその手前は売上0なので±0という評価になるのではないかという疑問が生まれる制度であればそんな不利なルールでリスクを取る人はいないと考える方が自然だ。売上目標などの成果重視では短期的な成果を出せる方にインセンティブが働くため、継続的な中長期的な活動を行っていくのであれば成果に重きを置くよりも行動やプロセスに重きを置いた設計の方がベターだと考えられる。プロセスや行動評価をベースにしながら、成果についてはインセンティブを+αで考えるくらいが現実解なのではないかと個人的には思う。また、あまりに個人の成績に重きを置いた制度になると先に述べたようなチーム形成においてもネガティブに働く影響も想定されるので何に重きを置くかというバランスも考えどころである。

おわりに

 3部に渡って私の経験とこれまで様々な方と意見交換をしてきた中からエンタープライズ営業についての考えをまとめてきた。この記事を書くきっかけは採用市場に野生のエンタープライズ営業がいないということを聞いたことがこの記事を書こうと思ったわけだが、経験やスキルの問題以外にそこに挑める事業環境が少ないということと事業環境があっても成果が出しづらいという観点から挑みたくないと思う人が多いということも要因であると考えている。ただでさえベンチャーの営業職という選択もチャレンジングなわけだが、その中でもよりハードシングスな領域に飛び込み、挑み続けられる勇敢な人間がどれだけいるかということだ。それを踏まえて事業戦略としてプロセスや組織としての取組みを考えるための一助となれば幸いである。

さいごに  

 長文記事となりましたが、これまでお読みいただきありがとうございました。どこかの酒場でこの記事が営業談義の酒の肴にでもなってまた色んな考えや発想が生まれたら是非聞いてみたいと思いますし、エンタープライズ営業という極限の世界で挑んでいる方やそんな世界に興味がある方とはぜひ意見交換させていただきたいと思っています。もし、ご興味ある方は是非フォローしてもらえると嬉しいです。最後まで読んでいただきありがとうございました。


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