散歩をやめたら死んでしまう(わりとマジ)
「じゃあ、名前と、夢中になれることを教えてください」
と、この前参加したワークショップで自己紹介をふられ、「散歩といいます。夢中になれることは、散歩です!」といったら2秒で笑いをとれたので、改名してよかった!と思う。
こんな名前にしてるくらいなので、散歩が好きである。
いや、「好き」なんて言葉じゃいいあらわせない(そんな歌詞があった気がする)。散歩とは僕にとって娯楽であり、運動であり、哲学であり、救済である。マグロが止まったら死んでしまうように、僕も散歩をやめたら死んでしまうと思う。わりとマジで。
で、今日、布団を洗濯していたら、なぜかふっと「僕にとって散歩がそんなに大事なのは、小さいころのトラウマ体験が影響してるのかもしれない」と気付いたのだった。
小さいころ、散歩ができないときがあったのだ。
そう、あれは、小学生のころ。僕の生育環境はすこし特殊だった。
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