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湘南フェイク scene#2

(物語はフィクション。モデル本人と内容は無関係です)

「この辺は地引網の小屋があってカレントも変化しやすいんだよ」
「カレント?」
「うん。岸にブレイクした波が波のブレイクしない深い場所を通って沖に戻る潮の流れ。 ビーチから沖に向かって流れる危険な潮の流れのことなんだよ。怖いものなんだけどサーファーにとっちゃうまく利用できれば便利なものでもある」
「詳しいんですね。昔サーフィンやっていたとか?」

昔付き合っていたひとから聞きかじっただけの中身のない言葉。10年前ならそのまま適当に会話に乗せていたかも。でも残念なことにもうそれほど若くはない。

「いや。聞きかじっただけの中身のない言葉だよ」
「なんだー。そうなんだ。もっともらしく話すから」
半分吹き出しそうな彼女に私は言う。
「言ったでしょ。僕は軽薄なやつなんだ。そして軽薄なことが好きときてる。軽かったりミーハーだったり。そんなことが大好きなしょうもないオッサンなんだよ。こういうやつは信用ならない」
彼女は楽しそうに「自分で言ってるし」と、笑った。

帰りがけにテラスモールに寄ることにした。きのうからマルシェをやっているらしい。辻堂駅の北口が湘南C-Xで劇的に変わってから10年以上が過ぎた。住みやすくなって地価も上がった。ラズの翌年にテラスモールが開業したときは辻堂駅で電車がガラ空きになる人気ぶりだった。藤沢との真ん中にあるモールフィルのほうが庶民的だし、ミスターマックスもあるのだけれどアクセスは良くない。その点テラスモールはデッキで駅直結なのだ。

マルシェをぶらりと楽しむ彼女にカメラを向けた。
「こんなとこも撮るんですか?」
「だめ?」
「ぜんぜんいいんですけど…」
「普通に写真を撮りたいんだ。写真にしたいとかじゃなくてただ撮りたいの。だから僕が撮りたいモデルさんって難しいんだよ」
「難しい?」
「うん。モデルであってモデルじゃダメなんだ。なので撮影会とかの人気モデルになっちゃうと僕は撮りたくなくなってしまう」
「えー。なんでですか?」
「写真とは適当に関わっていたいんだよね。いい写真ですねとかそういうのもいらないの。言われると嬉しいから次はもっといい写真撮ろうって思っちゃうじゃない。そういう向上心がすごく嫌なんだ」
「とりあえずよくわかりません!」
「だよね。じゃあとりあえず何か飲んで今日はさよならしようか」

潮風キッチンに飛び込んだ。3Fの中程に位置していろいろなお店が入るフードコートでここなら調理時間もかからない。一番近くで目についたプレンティーズの短い行列に並んだ。茅ヶ崎のプレンティーズがここに出店しているのだ。ほどなく順番はめぐってきた。店員の前でメニューに目を落としたまま彼女は嬉しそうにまた笑う。
「私、甘いもの大好きなんですよ」

スマホをテラスモールのWiFiにつないで私は撮った写真を何枚かアプリで転送した。SNSにアップするために。今日の撮影はこうしてほぼほぼ終わった。クレープを食べながら次はどこで撮ろうかという話になった。いつも辻堂や茅ヶ崎じゃつまらないよね、という話になってじゃあどこかまだ撮っていないところで撮ろうというノリになった。

まだ撮っていないどこかの街で彼女は今日とはまた違う服を着て今日とはまた違う気分でカメラの前にいるに違いない。

私はそのときまで死んでいる。撮影が終わるたびに撮り手は一度、死ぬのだから。

model:古城美唯 Kojyo Miyu


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