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ヒーローの苦い夏 シーン3

「んっどしたの」ただでさえ女の子は敏感。ましてやあの兄嫁の娘にしてみれば、オレの戸惑いに気づくのはさほど不思議なことじゃない。落ち着け落ち着くんだ。

「いしのさこさんねぇ。その娘も幼馴染なのかな」

「ううん、彼女はね高校から。転校してきたの」

「親御さんの転勤とか」

「プッおやごさん。おやごさんっていいました。似合わぇワ。その言い方無理あるワ」ンっ?親御さんって言葉で笑えるのか。

「転勤とかじゃないけど、お母さんの仕事の関係だって。さこママはシングルマザーだし」

心がまた少しうずいた。もしかしたら絵理子と関係があるのだろうか。だとしたら・・・。待て待て、ここで小娘ごときに動揺を察知されるわけにはいかない。さり気なさを装って言葉を続けた。

「あっいやそうだな。今どきの若い子にしちゃおとなしめだな。真面目な子みたいじゃん」

「あ〜やっぱりそう見たか。それにしても今どきの若い子って。受けるんですけど。今度使ってみるよ。それにしてもフーム、サココンどのさすがですなぁ」

なにそれ?どういうこったい。どうもはつみのペースに惑わされそうだ。そろそろ主導権をとらせてもらおう。

「いろんな友達がいるのはいいことだ。大人になっても彼女たちとつきあっていけるといいな。ところでそろそろ本題にはいらないかな」

「そうだった、本題はそっちだものね。話さなきゃね」意外に素直だ。

「エイナの両親には会ったのかな」

「うん、それが問題なんだよ。興味が無いっていうんだ」

なんだそれ、親が子どもにか。いやそういう家庭が少なからずあるという話は知っている。しかし、それを公言するというか誰かに漏らすとなると異常だ。エイナの家が変わっていつというのは宗教云々ではなくそんな家庭環境のことなのだろうか。どちらにしてもオレの感知するところではない。が今のところの結論だろう。

「じゃぁどこから始める。今からでもいいぞ」

「いいの、やってくれるんだ。さすが」

はつみの表情が目に見えて明るくなった。それにしてもなにが流石なんだろう。深く考えちゃいけない。こういうときはそうDon’t think. feel!だ。

「行くぞ。まずは見晴らし台だ」

オレの偏見なのかもしれないが、宗教団体ことに新興宗教に関するイメージは、信者以外の人間にしてみればさほど好意的なものではないだろう。だが、そんなイメージはファーストコンタクトの瞬間に霧散した。俺たちを迎え入れたレセプションのネームプレートをつけた人物。その容姿からも非常にバランスのとれた人格に見うけられた。

仕立ての良いスーツ、柔らかな物腰、育ちの良さそうな表情。人は見かけが9割とかいう本があったが、表紙デザインを依頼されれば、ほとんどのデザイナーは眼の前にいるこの人物をモデルに起用することは間違いない。

「先日の前田さんのお話ですね。どうぞ」
来訪の要件を伝えると快く中に通された。はつみは教会といったが、なるほど建物のデザインはなんというのだろう。尖塔を中心に左右対称に広がるキリスト教の教会風だった。当然のように天井は高い。

「初めまして、桜沢と申します」手渡された名刺には信徒伝道者と書かれていた。オレも慌てて名前と携帯の電話番号だけの名刺を渡した。

「こちらのお嬢さんには先日もお話させていただきましたが、あれからわかったこともありまして」

こう話がスムーズに運ぶと、僻みっぽい性格としてはどうしても警戒してしまう。日本人の悪い癖だ。最も話を日本人全体の問題にすり替えるのはオレという人間の欠点のひとつなんだそうだ。オレ自身はそんな見解に賛同するつもりは無いけどね。

「というと」そうそうこういう場合は、さり気なくそして冷静に。勢い込んじゃダメだ。ここで相手を身構えらせるのは良くない手だ。

とはいえ、向こうから言い出したくせに。話すのをちょっと迷っているそんな感じだ。こういうときイケメンは絵になるな。最も宗教団体の窓口を務めるほどの人材だ。この態度もそれなりに計算されたものなのかもしれない。


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