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何で、人間関係でピンチに陥ってしまうのでしょうか。【220日目:毎日ご相談回答】

ご質問ありがとうございます。

私が今まで生きてきて、人間関係でピンチに陥るのは、承認欲求つまり、つながる人すべての承認をもらおうと認知し、行動、言動、ふるまいをする時に発生することが多いです。その発生源は自分の目から見て優れた他人と自分の比較から生まれるねじ曲がった劣等感です。

より具体的に言えば、私は未来に続く社会の役に立ちたいと一次産業や自然環境、環境教育に関わりSDGsの目標達成のために活動してきただけでなく、その時につながる人の承認も欲求していたんです。そのために、常にその時にいた周りの人との比較し、ねじ曲がった劣等感を何とか埋め合わせしようとしていました。しかし、埋まらずに、毎回その人間関係から離れる決断をしてきました。すべてのつながる人から承認を得ること自体がおこがましい認知だと気付いていなかったんです。

また、自分の目から見て優れていると思われる他人と比較することから生まれる、ねじ曲がった劣等感を持つ意味はありません。そもそも、そのまんまの劣等感は理想の自分との比較から生まれるものだからです。そして、その劣等感には自身の成長の起爆剤にもなります。そのことを30代の十年間を通して体感してきました。

私はこれからも未来に続く社会の役に立ちたいと一次産業や自然環境、環境教育に関わりSDGsの目標達成のために思考し活動していきます。しかし、優れた他人との比較から生まれる劣等感や、つながる人達からの承認の渇望はもう必要ありません。必要なのは社会に役に立っているという実感、理想の自分との比較から生まれる健全な劣等感です。

今まで出会ってきた他人に好かれようが嫌われようが自分がどのように社会に役立つか考え行動していた、いつも上機嫌なあの人たちのように人の承認は必要ありません。そうなんです。今ここの私にとって理想の私とは、自分がどのように社会に役立つか考え行動するいつも上機嫌なあの人たちなのです。そこには他人の承認の見返りを求める心理はありません。理想の自分をゴールとして、休憩することも含め、自分のすべてを総動員して、着実に近づいていく実感が大切になります。

他者からの承認は求めずに「私は誰かの役に立っている」という思いだけが、自らに価値がある事を実感させてくれます。私の価値を実感するためにこそ、他者に貢献する事が大切だと考えています。そうすれば、人間関係でピンチに陥ったと自分で認知することはほとんどなくなります。

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