最近読んだ面白かった本:アンチ・アクション by 中嶋泉

ずっと読もうと思ってなかなか手を付けることができていなかった本を、夏休みに箱根でようやく読んだ。おこもりステイをしながら温泉で読んでいたのだが、想像していた以上に刺激的で面白くて、なぜもっと早くに読まなかったのかいまさら悔やんだ。その本の名前は「アンチ・アクション 日本戦後絵画と女性画家」。著者は大阪大学で美術史を教えている中嶋泉氏。今年のサントリー学芸賞を受賞した本だ。

美術史に関しては、全くをもって門外漢なもので、本書を読みながら、これが美術史の文章なのか!と、ごく基礎的なところで驚いたりしたくらい。そんな私でも楽しめた本なので、美術は専門外の人でも、フェミニズムやジェンダーに興味ある人にとっては、十分に面白いと思える本だと思う。

すごく単純に言えば、戦後日本美術史のフェミニスト批評の視点からの読み直しなのだろうか。戦後の日本社会では、美術界隈でも男女平等を謳う民主的な空気が流れており、そのような環境のもと、努力と才能が認められ活躍する女性アーティストがいた。しかし、日本美術史という、男性中心的かつ自意識過剰でナショナリスティックな物語りにおいては、女性美術家の存在は無視され、歴史に葬られることとなる。

日本戦後美術史に対してフェミニスト的批判を展開する第1章の議論も非常に刺激的で良かったが、その章に続く、3人の女性アーティストの解説および分析が、それぞれのアーティストの作品のみならず、戦後の美術界を生き延びた女性の生きざままでもを丁寧に描いていて、読んでいて飽きることがなかった。扱われるアーティストは草間彌生、田中敦子、福島秀子の3人。それぞれ異なる理由から研究対象として選ばれたアーティストだが、特に良かったのは、3人の中でも特に際立って知名度の高い草間彌生を扱った章だった。

私の中の草間彌生のイメージは、水玉を扱っているとか、派手で大きな作品が多いとか、精神疾患を患っているといった、非常に偏っていて、失礼で、限定的なものであった。一方、本書の中で描かれる草間彌生は、才能あふれる野心家の女性である。日本画から始めて長野で頭角を現し、東京に進出して前衛運動に参加するだけでは満足できず、自分の才能を信じて、シアトル経由でニューヨークにたどり着き、当時主流であった米国抽象表現主義ときちんと向き合いながら成功を収めることのできた、やり手のアーティストである草間彌生だ。

何事も自分の仕事と結びつけて考えるのは気持ち悪いので止めたいと思うのだけど、私たちの仕事で日々マントラのようにつぶやかれる「女性のエージェンシー」というものが、草間彌生の章では特に強く描かれていて、読んでいて非常に感銘を受けた。女性アーティストが正当な評価を得ることが難しかったのは、程度の差はあれど、日本もアメリカも変わりないだろう。そのような状況に身を置きながらも、草間彌生が挑戦を続け、新しい美術的技法を身に付けながら、新しい場所で活躍の場を広げていく様を、丁寧な作品分析も加えながら、本書は見事に描いている。

海外で働く日本人であれば、だれもがアジア人や日本人といったラベルやステレオタイプを超えたところで、亜流としてではなく本流としての評価を得たいと感じるものではないだろうか。50年代のアメリカで活躍していた草間彌生もきっと同じような複雑な感情を抱きながら、日々作品作りに励んでいたのだろうなと想像すると、一気に草間彌生との距離が縮まり、彼女の作品を見る目も大きく変わりそうだ。

出版元が廃業となったため、現在は入手することのできなかった本書であるが、近いうちに再販されることを強く願っている。





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