辿り着きたい〝バッド〟エンド 〜ハッピーエンドをぶち壊したい悪役の物語〜①


●あらすじ

レヴィ・フィル・レオンはⅦ(セブン)というファンタジーRPGにおける悪役貴族である。
そんなレヴィは、恵まれたキャラデザ、ラスボスの側近にしてラスボスに匹敵する力を有するという肩書…からは想像もつかないほどストーリーに関与しない。
故に、悪役う貴族(あくや空気ぞく)などと揶揄されていた。

そんなレヴィの脳内に転生してしまった男は、自身も認める逆張り性であった。
本編における悪役サイド…ことラスボスであるゼロスに感情移入していたのだ。
ゼロスは主人公たちに断罪され、非業の死を遂げ、物語はハッピーエンドとなる運命だ。
俺はそんなハッピーエンドは認めない。

●補足

ネタバレ設定や作品コンセプトの補足は下記のリンクに記載します。
(まっさらな気持ちで読みたい方もいるかもしれないので……)


●本文

強すぎる設定が故にストーリーにあまり関与させられず、空気にされた悪役。
そいつが全力で悪役をしたらどうなるだろうか?

「こんな…こんなはずじゃ…」

SFのような未来都市のイメージ。
(ただし、機械よりも魔法が発展している世界観)

とある橋の上。

いかにも主人公らしい好青年は膝をつく。
そして、目の前で自身を見下すかたき役に絶望の眼差しを向ける。

「な、なぜ…お前がこのような力を…」

『……うーん…努力かな?』

「…っ!?」

その男は悪役らしからぬ、なんとも泥臭い言葉を口にする。
※悪役のデザイン
黒髪短髪の緩いウェーブのきいたヘアスタイル。
極めて整った顔立ち。切れ長で怒っているかのような鋭い目には真紅の瞳。
黒い正装の男。

「くそ…俺達は悪の王を倒し、メアリの仇を討ち、この世界を救…」

『だったら、その配下の俺に敗けてるようじゃ…ダメだよなぁ?』

その男はニヤリと口角をあげる。

――となる前の出来事。感覚的な時間にして十日程前。

"THE END"

エンドロールが最後に到達し、暗転する。

「…終わってしまった」

その瞬間、安久谷アクヤ紀一キイチ(25)は、どうしようもない虚無感そして喪失感に襲われる。
そう、Ⅶ(セブン)ロスである。

ナンバリングのみをタイトルとする通称"無名ノーネイムシリーズ"。
SF寄りのファンタジー世界で主人公と敵勢力の戦いを描くというメインコンセプトを基盤にしたシリーズだ。
シリーズ毎に、様々なゲームシステムや切り口、そしてストーリーに挑戦している。
そのため、新シリーズ発売のたびにプレイヤー達を良くも悪くも驚かせてきた。
その最高傑作との呼び声もあるシリーズ七番目のタイトルⅦ(セブン)。
15年前に発売され、懐ゲーとなった今でも多くのファンを抱え、愛されていた。
アクヤにとって、それは二度目のプレイであった。
そんなⅦ(セブン)の二度目のエンディングを迎えたアクヤは発売当時10歳でプレイした時とは少し違う感情を抱いていた。

(俺は大人になってゆがんじまったのかな…)

子供の頃はよくストーリーを理解もしていなかったが、ラスボスを倒したイコールハッピーエンドなのだと素直に思った。

しかし、アクヤが25歳になった今、改めてエンディングを迎えてみると、主人公側が独善的に思えたのだ。
なんなら悪役の方に感情移入していた。

だから彼はうっかりつぶやいてしまった。

「名作なんだろうなとは思うんだけど、主人公になんか感情移入できないんだよなぁ」

彼はライブ配信で実況していたのだ。
アクヤのライブ配信は多くはないが、50人くらいは視聴者がいた。
ゆえにアクヤの発言に何人かが反応する。

"タキエル:え?なんで?"
"ポテトくん:逆張りすればかっこいいと思ってるんだろw"

「あ、す、すみません。逆張り性なのはそうかもしれないです。ですが、主人公側が独善的に思えてしまって。敵側は確かに残虐なんだけど、現実的にはそうだよねって。途中でシスターメアリが敵に殺されるのがそれまで乗り気じゃなかった主人公の大きな動機になってるけど、それもなんか陳腐に思えてきてしまって。シスターはストーリー上の都合で殺されてるような…」

"ポテトくん:それ、あなたの感想ですよね?"
"はにゃ:はっ?シスターは死ぬからいいんやろがい"
"タキエル:それってつまり全体のために個の殺しを肯定するってことですか?それはまずいんじゃない?"

「あぁ…えーと…」

うっかり否定的な発言をしてしまったアクヤは想像以上に叩かれる。

しかし、そんな中、一人だけ他とは異なる主旨のコメントがあった。

"神ゲーマー:君、なかなか面白い着眼点をしているね"

「…!」

"神ゲーマー:ちなみにⅦはプロデューサー意向により、シナリオライターが当初想定していたストーリーがかなりカットされている。元のままじゃ商業的にまずいだろってことで"

"はにゃ:そんな話、聞いたことねえわ"
"タキエル:自分は相当コアなファンを自負していますが、Ⅶのライターの片山さんがそういった発言をした記録はないと思いますが…"

"神ゲーマー:プロデューサーの守岡が止めてるからな。まぁ、君達は知らないのは当然だとは思うけど"

"ポテトくん:妄想乙"
"はにゃ:ソース出せよ"

視聴者同士が不穏な雰囲気となる。

「す、すみません!今日の配信はここまでで…!」

そうしてアクヤは配信を終了する。

(…はぁ…なんでよりによってⅦの配信であんなこと言っちゃったんだろうな…今まで、配信してるゲームの否定的な感想は控えてきたのに…)

アクヤは肩を落とす。

(まぁ、いいや…寝よ…明日も仕事だし…)

そうしてアクヤは全てを忘れるべく、布団に潜る。

『ん…?』

アクヤは目を覚ます。

『…!?』

目線の先では、既視感のある出来事が起きている。

『なんだ夢か…』

その内容で、アクヤは自分がまだ眠っていると認識する。

なにしろ目線の先で、悪の王がシスターメアリを殺そうとしているのだから。

「やめろぉおおおおお!」

主人公らが必死に叫んでいる。
悪の王はそちらを一瞥するが、冷酷な表情のまま掌で胸部を貫く。

(おぉー、主人公の声イケボだなー…Ⅶ(セブン)はCVキャラクターボイス付いてなかったからなー)

…などとアクヤは呑気な感想を抱く。

「てめぇええええ!ゼロスぅううう!!」

その間にも、主人公は怒り狂い、悪の王に斬りかかる。
主人公の仲間達も続き、両者は戦闘となる。

『あー、あれ、ゼロスの分身体なんだよな…』

アクヤはエンディングを迎えたばかりのゲームの知識を呟く。

「は…?」

『ん…?』

「誰だ…?あれがゼロス様の分身体となぜ知っている?」

アクヤの耳に別の誰かの声が聞こえてくる。

『んんん…!?』

その声はまるで自分が発した声のように骨伝導で響くかのようにやや籠った声であった。

更には自分の視線が自分の意思とは関係なく、左右に揺れる。
まるで動揺してキョロキョロするように…

『なんじゃこりゃ?変わった夢だなぁ』

「夢…?意味がわからない」

『…』

アクヤもどうやら自分自身が、自分以外の意思で喋っている状態であることに気付く。

「クソ…どこにいやがるんだ…?この俺を以ってしても気配を感じることができないとは…」

そう言うと、アクヤの視点は悪の王と主人公らに背を向け、その場を離れるのであった。

「…なんだったんだ、あれは…」

(おぉー、なんかすごいところに来たな)

アクヤの視点は洋風で豪華な館に来ていた。
アクヤは思ったことを考えるだけで、口に出さないようにしていた。
なんとなくこの人物の視点を共有しているという状況だけは掴めていた。
視点主は何やら焦っている。

(それにしても随分、意識がはっきりした夢だなぁ…明晰夢めいせきむってやつか?)

などと呑気に考えている間にも視点主は、煌びやかな廊下をずかずかと早足で歩いている。

そして、ふと足を止めると、まるで自分が自分であることを確認するかのように、姿見の前に立つ。

そこには黒髪短髪の緩いウェーブのきいたヘアスタイル、極めて整った顔立ちの黒い正装の男が映っている。
切れ長で怒っているかのような鋭い目には真紅の瞳を宿している。

『えぇええ゛!?』

「っ!?」

その姿を視認したアクヤは思わず声をあげ驚く。
そのせいか視点主もまたその声に思わず肩を揺らす。

「またか!?一体、どこに…!?」

視点主は再び、首を左右に揺らしているようだ。

『え、えーと…その…レヴィ…さんですよね?』

「っ!?なんだ、お前、俺のことを知っているのか!?」

(やっぱりそうだぁあああ!!)

アクヤの視点主となっていたのは、レヴィ・フィル・レオン…その人であった。
Ⅶ(セブン)における悪役貴族である。
ラスボスの側近にして恵まれたキャラデザ。
なぜか公式ガイドブックに記載されていたラスボスに匹敵する力を有するという肩書…からは想像もつかないほどストーリーに関与しない。
同クラスのボス達がゲーム終盤に第二形態を解放する中、こいつだけ第二形態を解放することなく、終盤での戦闘すらなし。
故に、悪役う貴族(あくや空気ぞく)などと揶揄されていた。

アクヤは、そんな空気と呼ばれた悪役と感覚を共有している状況であったのだ。

「お前、さっきから一体なんなんだ!?どこにいるんだ!?」

『どこって、えーと……貴方の脳内かな…』

「は…!?何を言っているんだ?お前は…!」

『そうですよね。自分でもよくわかりません、多分、夢だと思うのですが…』

その後、アクヤは自身の状況、そしてここが自分がプレイしたゲームと酷似した世界であることをレヴィに説明した。
(ただし、レヴィらが悪役として描かれていたことは告げなかった)

…結果。

「…なんだこれは…敵の精神攻撃魔法か…?」

(…まぁ、そう思うのも無理はないですよね)

レヴィはすぐには受け入れられないというように頭を抱えていた。

と…

「レヴィ…」

「…!?」

後方から突如、話し掛けられ、レヴィは振り返る。

『「…ゼロス様」』

その瞬間、レヴィと完全にリンクしてしまう。

目の前に現れた女性は、白銀の長い髪、意思の強そうな青い瞳。
造りモノのような均整の取れた顔立ちをしており、美しいボディラインを荘厳なモノトーンのドレスで隠している。

ゼロス…それはⅦ(セブン)における悪の王…つまりはラスボスだ。
シスター惨殺、主人公側勢力の民への残虐非道な行いなどから、プレイヤーからヘイトを集めている。
しかし、どこかカリスマ性があり、例え逆張りと言われても、アクヤにとってはむしろ最も魅力的なキャラクターに映っていた。
そんなゼロス様が今、目の前にいる。

「どうしたのだ?時間に厳しいお前が時間になっても約束の場所に来ないから」

「申し訳ありません、ゼロス様!ゼロス様にご足労いただくなんて、痛恨の極み…このレヴィ・フィル・レオン…どんな罰も受け入れ…」

レヴィは跪くような姿勢になり、頭を垂れるように、視線を床に向ける。

「まぁまぁ、いいって、レヴィ…私達はそんな仲じゃないだろ?」

「…」

「個室に移動しようか」

「はい…」

「まぁ、移動しなくてもほとんど人なんかいないのだがな」

ゼロスは無表情に言う。

個室と言うには広い…三十畳くらいの部屋だ。
ゼロスに誘導され、二人は豪華なソファに向き合うように腰かける。

「シスターの殺害は成されたようだな」

「はい、この目でしかと確認いたしました」

ゼロスとの対面で緊張しているからか、アクヤが声を発していないこともあるからだろうか…
レヴィはこれ以前の奇妙な出来事のことをすっかり忘れているかのような態度であった。

「あぁ…ここから急激な渦となり戦禍が広がっていくことだろう」

ゼロスは遠くを見る様な目をしている。

(…)

実際にその通りとなる。
シスターの死により、怒り、悲しみにより覚醒した主人公らにより、物語はクライマックスへと向かっていくのだ。
それはつまりゼロスらは破滅へと向かっていくことを意味する。

「レヴィ…私の手が血に染まったとしても、君だけは私の味方でいてくれるか?」

『「…!」』

アクヤははっとする。
ゼロスは本編では見せたことがないような儚げな表情をレヴィに見せたからだ。

「勿論です。どのような未来であっても、私はこの心、この身体、この命、全てを貴方様に尽くします」

「…有難う。そこまではしなくてもいいんだけどね…」

ゼロスはやはり本編では見せたことがないような苦笑いを見せる。

それが苦笑いであったとしても、それはアクヤが見た初めてのゼロスの笑顔であった。

レヴィはゼロスの元を後にし、別の館に移動する。
その館も先程の館ほどではないにせよ、豪華な館であった。
先程の館は人がほとんどいなかったが、この館には使用人らしき者が何人かいた。
レヴィは迎え入れる使用人をほとんど無視して、自身の執務室へ移動し、そして自席に座る。

そこで…

『レヴィ…君ってゼロス様のなんなの?』

「っ…」

レヴィは問題を抱えていたことを思い出し、渋い顔をする。

「っつーか、お前がなんなんだよ!」

『さっき説明したじゃん。あ、名前はアクヤです』

「っ…」

むかつくが聞いたことに対する回答としては間違っていないアクヤに、レヴィは一瞬、言葉につかえる。

(…どうせ夢なんだし、好きにするかー)

アクヤの中で、何かが吹っ切れる。

『あのー、言いにくいんだけど、この後、ゼロス様率いる皇教サイドは主人公ドラカン率いる神教サイドに敗北し、ゼロス様は非業の死を遂げることになるよ』
※主人公の名前がドラカン

「っ…!てめぇ…調子に乗って、無茶苦茶なこと言いやがって…」

(…まぁ、そうなるよな…)

「そもそも貴様の目的はなんだ!?」

『え…』

(…なんだろうな、自分の意思とは関係なくこうなってたから目的なんてなかったけども…けども、もしもⅦ(セブン)の世界に入ることができたとして、あなたは何を為したいですか?と問われれば…)

『ゼロス様を救いたい』

「っ…!」

レヴィはアクヤの発言が少々、予想外であったのか、言葉を失う。
アクヤ自身、少々、むず痒くなる様な気分であった。
だが…

「……話だけは聞いてやる。そこまで言うなら、この後、何が起きるのかを言え」

『…ゼロス様の側近の一人、ファーマ・セヴ・アロンソが主人公ドラカン達に討ち取られる』

「っ…!?……はははははははは!!」

レヴィは高笑いする。

『…』

「何を言うかと思えば…アロンソが討ち取られる?」

『あぁ…』

「あいつはいけ好かないが実力は確かだ…寝言は寝て言え…」

(…だから実際、寝てるんだって…!)

と…

「レヴィ様、よろしいでしょうか?」

壁越しで少し曇った女性の声とドアを叩く音がする。

「後にしてくれ」

「…恐れ入りますが、緊急のご報告になります」

「…わかった。入れ」

許可を受け、部屋にメイドが入ってくる。

「レヴィ様、恐れ入ります。ご報告致します」

「なんだ?」

「四天王の一角…ファーマ・セヴ・アロンソ様が神教の反逆者達により、討ち取られました」

「ふぁっ!?」

レヴィは驚きのあまり変な声をあげる。

『だから、言うたやろ?』

「今日、集まってもらったのは他でもない…ファーマの件だ」

三十畳はある、個室と言うにはいささか大きすぎる部屋でゼロスが切り出す。
部屋にはゼロスとその側近三名が集められていた。

「信じられません、本当にファーマが神教の者に討ち取られたのですか?」

そのようにゼロスに確認するのは、スミレを思わせる淡い紫のドレスに身を包んだ小柄な少女。
子爵家の第一令嬢にして、ゼロス側近の一人、セリアキア・ドゥ・ダイン…通称、〝セリア〟である。
セリアは肩に掛かるくらいの金の髪、アメジストのようなパープルの瞳をしている。
とても悪役とは思えない程に穏やかで優しげな顔立ちだ。

「セリアよ、ゼロス様がそのような戯言を口にするはずがないだろう」

レヴィが怒りを含んだ口調でセリアに言う。

「…はい、申し訳ありません」

セリアは下を向く。

「まぁ、よい…レヴィ…セリアの言っていることもわかる」

「御意」

ゼロスの言葉を受け、レヴィはそれ以上は何も言わない。

「それはそれとしてだ…この件に関して、神教の反逆者どもには、けじめをつけてもらわなくてはならない…」

「「「…」」」

その場にいたゼロスの側近三名は息を呑み、ゼロスの次の言葉を待つ。

「ファーマの弔い…すなわち、報復だ」

「っ…」

ゼロスの発言に、もっとも驚いたのは恐らくレヴィであろう。

それはつまりアクヤがした通りになったから。

(…)

とはいえ、アクヤもこれでレヴィが自分を完全に信じてくれたとは思っていない。
なぜなら、ゼロスがこのような行動に出ることは彼女の人格から可能な範疇であるからだ。

「しかし、ゼロス様、奴らは潜伏しており、所在は掴めておりません。いかがなさいますか?」

その場にいた"もう一人の側近"がゼロスにそのようなことを聞く。

「…そうだな」

ゼロスは考えるように、顎に手を添える。

『なぁ、レヴィ…あいつは誰だ?』

「っ…ちょ、今、話し掛けてくんな。お前、知らないのか!?」

「…何か?」

もう一人の側近がレヴィを不審そうに見る。

「あ…すまん…」

レヴィはその人物に軽く謝意を示す。

『ごめん…だけど、あんな奴、いたっけな…ゼロス様の側近はレヴィ、セリア、ファーマの三役だったと思うのだけど…』

「っ…、あー、えーと、四天王最強と名高い無敵のマルクには何か考えがございますか?」

レヴィはやや不自然にその人物…マルク・モスバーキンに尋ねる。

(レヴィ…俺にわかるように彼の肩書きを言ってくれてるのか…それにしても、四天王…?マルク…?)

アクヤの知識にはなかったが、彼の名はマルク・モスバーキン。
ゼロスの側近、四天王最強にして、無敵のマルクと呼ばれていた。
マルクは茶髪のパーマヘアのすらっとした優男で、少々、派手なスカーレットを基調とした紳士服を身にまとっている。

(…原作にいないキャラもいるのか…?あ、でもレヴィ屋敷のメイドとかも原作に出て来てないっちゃないし、裏設定的なやつか…?それにしちゃ、四天王最強の肩書きは重役過ぎるが…)

「え…?最強?」

そのマルクはレヴィに最強やら無敵やらと言われ、満更でもなさそうであったが、レヴィの「何か考えがあるか」という問いに答える。

「ゼロス様…では、彼らの故郷ガトラ地区の"ニルヌル"を攻めてはどうでしょう?」

「っ…!マルク、それは…!」

マルクの発言にセリアはやや動揺する。
セリアは直接的な敵である主人公達ではなく、その故郷を狙うということに異を唱えたかったのであろう。
しかし…

「…その案を採用する」

「っ…!ぜ、ゼロス様」

「すまない、セリア…しかし、私が選んだのは修羅の道だ。奴らからすればシスターの弔いなのかもしれぬ。しかし、皇軍幹部のファーマを討たれ、奴らの所在が不明だからと遺憾の意で済ませていては我が民へ示しがつかぬ。望むならセリアはこの作戦には参加しなくてもいい」

「…いえ、ダイン家の身にして、畏れ多くも拝命いただいたゼロス様の側近として、そうはいきません」

セリアは唇を噛み締めつつも目には力がこもっている。

「…わかった」

ゼロスはセリアの言葉を承諾する。

「…結局、お前の言った通りになったな」

レヴィはアクヤだけに聞こえるように、極めて小さな声で呟く。

二日後――
ゼロス率いる皇教軍による主人公の故郷"ニルヌル"への襲撃は為された。
Ⅶ(セブン)のシナリオの通りに、それは一般人もターゲットとなる悪逆非道なものであった。
しかし、その始まりはゲームには描かれていない部分であった。当初は拘束、監禁する計画であったのだ。
しかし、皇教軍の銃が暴発。一人の一般人が亡くなったことで、ニルヌル市民も報復。
そこからは、収集がつかなくなったのだ。

「…うっぷ」

ニルヌル襲撃から自身の屋敷、自室に帰還していたレヴィは吐き気を催していた。

当然、本来のレヴィはそのような人物ではない。
敵対勢力の一般人が死んだところで、眉一つ動かさないくらいの精神力は持っている。
そんなレヴィが吐き気を催していたのは…

「…おい、お前…」

『ご、ごめん…』

精神を共有しているもう一人の人物…要するにアクヤの影響である可能性が高かった。
レヴィの身体の操作主体はレヴィであるのだが、感情が昂ぶるとレヴィにも少なからず影響を与えるようであった。

「……まぁ、いずれにしても俺に寄生している以上、速やかに強靭な精神を身に付けやがれ」

『…ふぁい』

アクヤは渋々、返事をする。

その時であった。

「レヴィ様、よろしいでしょうか?ご来客です」

壁越しで少し曇った女性の声とドアを叩く音がする。
恐らくメイドであろう。

「ん…?誰だ?」

「ゼロス宰相様です」

「お、お前、それを早く言え!!」

レヴィはやや理不尽にメイドを叱りつけつつ、高速で部屋を出る。

「ゼロス様はロビーか?」

「はい…」

そうして、レヴィはゼロスを迎えに行く。

「すまないな…急に訪ねてしまって…」

レヴィはゼロスを客室へと招き入れる。

「とんでもありません…いかがなさったのでしょうか?」

「…すまぬが二人きりにして欲しい」

レヴィが尋ねるとゼロスがそのように希望する。

レヴィはメイドらに目配せをし、メイド達は速やかに退席していく。

「行ったか」

「…はい」

「…レヴィ…実は…」

「…はい」

レヴィは緊張した面持ちでゼロスの言葉を聞こうとする。

すると、突然…

「…うぷっ」

『「え…?」』

アクヤの脳内にダムの放水の映像が流れる。(=ゼロスは吐いた。)

「す、すまぬ…」

「いえ…」

ゼロスはたいそう申し訳無さそうに、不慣れな清掃をするレヴィに謝罪する。
ゼロス様が吐いたなど、メイドに知られるわけにもいかず、レヴィ自ら清掃していたのだ。
清掃など生まれてこの方やったことのないレヴィであったが、ひっそりとアクヤが活躍し、事なきを得る。

ゼロスは続けて、呟く。

「…こんなつもりではなかった」

レヴィは尋ねる。

「ゼロス様…それは、吐いたことですか?それとも…ニルヌルでのことですか?」

「当然…吐いたことだ」

「…」

「計画外とはいえ、その覚悟がないはずがない」

ゼロスは静かな口調で言葉を選ぶ。

「私が選んだのは修羅の道…それはつまり51を生かすため49を殺す…そんな道だ。覚悟は決めていた。それなのに、このような醜態を晒すなんて…本当に恥ずべきことだ」

「…」

レヴィは黙ってゼロスの言葉に耳を傾ける。

「だから…こんな姿を見られたのが…君だけでよかった」

そう言って、ゼロスはレヴィを見つめる。
その表情は本編のゼロス様からは想像もつかないない程、必死に見え、どこにでもいる一人の女性に見えた。

「っ…!…滅相もありません」

レヴィは下を向く。

「あっ…ゼロス様、申し訳ありません」

「…?どうかしたか?」

「実は一人だけ自分以外に、この場にいて、この話を聞いております」

『…!』

「…?誰もいないではないか…」

ゼロスは不思議そうな顔をする。

「あ、えーと、そうなのですが…」

「誰がいると言うのだ?」

「そ、そうですね…とでもいいましょうか…」

「…もう一人の自分?変なレヴィだな…」

ゼロスは少しだけ微笑む。

「…自分でもそう思います」

結局、ゼロスは特に用件があった様子もなく、吐くだけ吐いて帰っていった。
アクヤは護衛などいないのかなと思ったが、レヴィによるとゼロスは決して護衛をつけないらしい。
それは恐らく誰も信じていないからなのではないかとアクヤは感じた。
レヴィ以外…

『レヴィ…前にも聞いたけど、結局、君ってゼロス様の何なの?』

「何って、俺はゼロス様の配下…あの方を命に代えても守護する存在だ」

『ふーん…あくまでも自分は従者ってことね』

「…」

『まぁ、それはいいとして、今ので、俺は改めて思った…』

アクヤの脳内に、Ⅶ(セブン)の最終幕が想起する。

ゼロスは一人きりで主人公達と戦い、敗れ、そして拘束される。

罪人として、民達の前に晒され、「愚宰相」「悪魔」などと罵られる。
惨めにも涙を流したゼロスは、嘲笑され、散々、"ざまぁ"された挙句、斬首される。

だが、本編では、彼女の内面などは描かれていない。
今、修羅の道を選んだことへ葛藤するゼロスを見ると、あの惨めと言われた涙の意味も変わってくるように思えた。

ふと、アクヤはこの状況に陥る前の配信中のチャットのことを思い出す。

 "神ゲーマー:ちなみにⅦはプロデューサー意向により、シナリオライターが当初想定していたストーリーがかなりカットされている。元のままじゃ商業的にまずいだろってことで"

(…要するに、プロモーションの都合で、シナリオライター片山さんが描いた悪役側の想いがまるまる削られてるってことか?)

『レヴィ…俺はやっぱりゼロス様を救いたい』

「…!?」

レヴィはしばし黙る。

「何言ってんだ、お前、当たり前だ」

『…?』

「この俺に住み着いているんだ。家賃はちゃんと払ってもらうぞ?」

『…!あいよ、宿主様…』

「…それで、この後は何が起こるのだ?」

『そうだね、差し当たってだけど、次はセリアが死ぬよ』

「…はぁああっ!?」

レヴィは激しく動揺する。

「セリアが死ぬぅ!?」

(…なんか想像以上に動揺してるな)

『だいたい一週間後になるのかな…主人公ドラカンらが皇都に乗り込んでくる。そこでセリアが彼らの前に立ちはだかり、残念だけど、討ち取られる』

「…っ!セリアが…!それは何としても阻止しなければならない…」

『じゃあ、セリアを襲撃する主人公ドラカンをレヴィが倒せばいいんじゃない?』

「…!!…なるほどな」

それはアクヤが提案した初めてのストーリーへの反逆であった。

●2~3話へのリンク


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