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第2ボタンと卒業式

私は中学校を卒業しています。聞いて欲しいことがあります。できればあなたの卒業式についても、知りたいです

中学3年の3学期。受験が終わり、みんなが満ち足りた日常を送っている間、例に漏れず、私も浮かれていました。この季節の思い出はどれも、温かい光に包まれた、爽やかな色をしています。
卒業式まであと◯日という手作りのカレンダーがホワイトボードに貼られるようになり、めくられていくにつれて、私はあることが気になってきました。
第2ボタンです。卒業式の日、男子が女子に渡すと噂の第2ボタン。このアイテムに興味が湧きました。なんの変哲もないボタンが学ランの上から2番目にくっついているだけで、付加価値が発生するのです。私はこのアイテムがたまらなく欲しくなってしまいました。卒業後はそのボタンでかっこいい装飾を作ろうと目論んでいました。

手近な男子に声をかけてみます。君の第2ボタンと僕の第1ボタンを交換しないか。君の第2ボタンと僕の第3ボタンを交換しないか。担任からはホモ(ホモビッチ)を疑われ、時に拒否されることもありましたが、わりとすんなりと、多くが第2ボタンを開け渡しました。学年で1番人気のある男の子も、第2ボタンをくれました。そして私の学ランのボタンは全て第2ボタンになり(それとも、私の学ラン1着が所有できる第2ボタンは、言葉通り第2に位置するたった一つしかありえないのでしょうか)、とにかくとても喜びました。
そんなある日のことです。昼休み、教室の前方のドアのあたり(明確に覚えています)に私が立っていた時、1人の女子が私に声をかけてきました。

「人情の第2ボタンってまだ残ってる?」

嘘ではありません、彼女は私が既にボタンを他の男子と交換してしまったのではないかと推理したのでしょう。確かにこの文言を私に向けて言い放ったのです。私はとても驚きました。
彼女はかわいらしくて、私の友人がみな、彼女の事を好いていたからです。
彼女は廊下にいて、私は教室の中から、私の第2ボタンの存在を肯定しました。特に親しい仲ではありません。彼女は何か適当な相槌を打つと身を翻して、隣のクラスの方にかたまっていた女子の集団に戻って行きました。嘘ではありません。

私は放課後、この話を友人に打ち明けました。私の家の前のセブンイレブンの駐輪場で立ち話をするのが日課だったのです。彼は銀の手すりに腰掛けて、私は彼の目を見て話しました。その瞬間、彼の目から「光がなくなる」ところを見ました。人間の目からハイライトが消えるのは本当だったのだと感動しました。この時点で、私は告白されたのでも告白を予告されたのでも何でもなく、ただ第2ボタンの在庫を確かめられただけです。単純に悪質なイタズラでしかない可能性もあったのですが、彼はこれを聞き入れました。彼は大袈裟に苦悩する様子を見せ、私は彼をせせら笑いました。

その後は何の音沙汰もありません。ただ卒業式まで、日にちが過ぎて行きました。

卒業式の日。体育館でのセレモニーが終わって、馴染みの教室に戻ってきます。着席して、紅白まんじゅうが配られました。ホワイトボードには、かの有名なワンピース、メリー号が燃やされているページの模写があります。担任が、自分で描いたと白状しました。私の左斜め前あたりの席で、あの人気のある男子が泣きました。「先生絵とか上手くないのに、あんなクオリティになるまでどれだけ頑張ったんだろう」不意に、もらい泣きしてしまいました。
いよいよ終わりの時間です。寄せ書きも書き終えました、教室を出る時間です。
けれど、私は知っています。一階の中庭には保護者や先生方がうじゃうじゃしていて、きっとそこでは、二次会があるのだということを。写真を撮ったり撮られたりというあれがあるのです。階段を降りて行けば、大団円が待っているのです。

私はここで、不思議な信念を発揮しました。
花束を胸に抱え、靴を履き替え、校門を出ていったのです。
人生を通して見ても指折りの、華やかで楽しい舞台であることは間違いないはずなのに。
生きている中で最も天国に近いとされている、卒業式のあとのグダグダを、捨ててしまいました。

恥ずかしかったからです。
友達がいなかったわけではありません、むしろ喜びを分かち合いたい友達がいました、撮りたい写真もありました。ただあのグダグダを、嫌いました。
「おそらくみんなと写真を撮るから」「なんだかんだとお別れや、ありがとうを言い合うことになるだろうから」そんな、何も言われてないのに、おかしくないですか、プログラムは終わりました、でもあるんです、だけど、そんな、そんな「馴れ合い」があるからってなんとなく中庭の方に歩いて行くなんて、僕にはできません、絶対にできませんでした、いや、できました、できました、多分できました、どうしてしなかったのかと言えばそれは、プライドというより、信念、信念でもまだ浅くて、おそらく、思念がそうさせました。今の僕は知っています、僕はこの後後悔します、友達が写真を撮ったのを聞いたり、あの彼女と写真を撮ったと聞いたり、僕の両親が、僕を探していたと、友達に告げられて、本当に後悔しました、そういえば僕が残っていれば、誰かが僕の第2ボタンをもらいにきたのかもしれないと、どうしてあの時思い至らなかったんだろう。でも、後悔はしていますけど、僕はあの自分を誇りに思っています。あの時僕は自分の力以上の選択を、もしかすると運命を根底から動かしてしまうような、強力な決断を為したのではないかと。自由意志という言葉を論じられるほど、僕のお話に筋が通っているとは思っていませんが、きっと自由意志に関わる重要な何かを手にしていたのだと思います。あの校舎の中で、誰よりも自由を選んだのだと、信じたいのです。

僕は昼下がりの明るい通学路を1人歩いて帰りました、商店の並ぶ交差点で、信号を待ちます。
お婆さんが僕の横に立っていました。「卒業式?」と聞かれます。抱えた花束が、襟に刺したピンクの造花が僕を飾り付けていたからです。登山家の背負うザック、騎士の掲げる剣のように。まさしく私は卒業生でした。
はい。と答えます、それ以上言葉はありません。ああ卒業したんだなあと思いました。


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