キミと出逢うまで ④

結局私、嵐千砂都は図書委員になった。
入学して一ヶ月あまり。
毎日、あまり人の来ない図書室で、本を読んで過ごしていた。

結ヶ丘女子高等学校普通科一年、図書委員の嵐千砂都。
まっさらなストレートヘアに丸い伊達眼鏡。
陰で「図書室の座敷童子」って言われているの、なんとなく気づいている。

でもいいんだ。
この場所は、やっぱり好きだから。

それに。
放課後に静かな図書室にいると聴こえてくる、スクールアイドルの発声練習の声が、何よりも好きだから。

そして。

「嵐さん、もう下校時間ですよ」
「うん、いつもありがとう葉月さん」

下校時間に校内の見回りを終えた葉月さんと校門まで帰るのも、いつのまにか日課になった。
私は口下手だから、特に何かを話したりするわけではないけれど。
この時間も、なんだか好きな時間だった。

だけどこの日ばかりは、話があった。

「明日、大丈夫かな」

珍しく私から話しかけるのに驚いたのか、それともスクールアイドルの話をするのに抵抗があったのか、若干の間を置いてから葉月さんは話し出した。

「もう明日はスクールアイドルフェスティバル当日です。ですが結局、澁谷さんは人前で歌うことが出来そうにありません。ダンスも素人レベルで、とても今のスクールアイドルのレベルでは通用しないでしょう」
「……やっぱり、そう、なのかな」

そう。
澁谷さんは、どうやら人前で歌うことが苦手、らしい。
私があの日見たのは偶然か、奇跡だったのかもしれない。

その上、ダンスは一学生が見よう見まねで考えた創作ダンス。
挙句の果てに唐さんは超のつく体力の無さだった。

正直、課題として出されている「一位」というのはおろか、まともにステージへ立てるのかも……。

「見ると、辛いだけかも知れません。それでも、嵐さんは見に行くのですか?」

「……毎日、神社でお参りしたんだ。頑張れますようにって。二人がずっとスクールアイドルに、なれますようにって」
「……直接は言わないのですか?」
「…………」
「すいません」
「ううん……だからとにかく、応援しにいこうと思う。どんな結果になっても。多分私が見たいのは、一番見たいスクールアイドルは、あの子たちだから。結ヶ丘で見つけた、大切なものだから」
「結ヶ丘で……」

「葉月さんは?」と訊くと、少しの間の後に小さく「わかりません」とだけ答えた。
いつも葉月さんは少し先を歩いてくれるので、表情はわからなかった。

この日の会話は、それまでだった。

そして、代々木スクールアイドルフェスティバルの当日。

初めて参加するスクールアイドルのイベントは、大盛況。
たくさんのファンでごった返す会場。
唐さんが、参加者にサイリウムを配っていたのが、なんだか可笑しかった。

「結ヶ丘の生徒さんデスねありがとうございマス! クーカー頑張りマス!!」

……同じクラス、なんだけどな。
でも、仕方ないよね。
全然話したことないもん。

そんな開演前の出来事から、時間はどんどん近づいてくる。
日が落ちて、参加するグループのパフォーマンスが1組、また1組と終えていく。

その子たちには悪いけど、ずっと私は気が気じゃなかった。
ずっと、祈るように。手を握りしめて、その時を待っていた。

そして、いよいよその時。

暗転していたステージに光が灯る。

そこにいたのは。

ギターを抱えた澁谷かのんさんと、それに寄り添う唐可可さん、だった。

ダンスができない二人が、辿り着いたパフォーマンス方法は、
澁谷さんがギターで弾き語りをする、というスタイルだった。

会場中にどよめきが走る。
多分、こんなパフォーマンスをするスクールアイドルは珍しいのだろうと、素人目でもわかった。

あぁーー

あの子たちに、「出来ない」はなしなんだーー
全力で。自分たちの持てる全てをかけて。

諦めないで。
ダンスが出来ない自分たちから逃げずに。
スクールアイドルとしてあのステージに立っているんだ。

だけど、やっぱり歌が出てこないのか……曲が始まらない。
観客たちの好奇の眼差しに、二人が震えているのがわかる。

そんな光景に、かけていた伊達眼鏡を、思わず投げ捨てて、前に出る。
考えるより先に、身体が動いていた。

見るんだ。

直接。
レンズ越しなんかじゃない。
ましてや、逃げるための。
嘘つくためのレンズ越しなんかで見ていいものじゃない。

あの子たちを、見るんだ。

すいませんと、ちょっとでも前にと向かっていく度に、どんどん二人の息が伝わる。

頑張れ……頑張れ……
伝えなきゃ。

……見るだけで、いいの?

そんな声が脳裏に過ぎる。瞬間。
トラブルだろうかーー会場の電気が落ちる。

ただでさえ不安だろう二人の顔が歪むのがわかる。

頑張れ……頑張って……っ

どうしたらいい?
どうすれば……。

いいの?
本当にこのままで、いいの?

声に出さないで。
ずっと見てるだけで。
話したいのに、話さないで。
応援してる。伝えないで。
いつまでも、「出来ない」で。

このままで、いいの?

いいわけ、あるか。

頑張って。
できるよ。
キミなら。
だって、キミは絶対飛べるさ……

「よっしゃーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」


叫ぶ言葉が、それしか思い付かなかった。

人生で、一番大きい声を張り上げながら、必死に。
人生で、初めてサイリウムを腕が千切れんばかりに振った。

頑張って!!
歌って!!

こんなに誰かを心から応援する日が来ると、夢にも思わなかった。

そんな私の声を皮切りに、会場に光が溢れ出す。

灯った光の射す一瞬に、キミと、目が合った。
気がした。

「歌える。一人じゃないから」

聞こえるはずのない、そんな声が、聞こえた。
気がした。

だけど優しく力強い、小さな星々の歌が、聞こえた。
聞けたんだ。

◎     ◎     ◎

歌のあと。

涙が止まらなかった。
拍手が止まらなかった。
笑みが止まらなかった。
ありがとうの気持ちが、止まらなかった。

私が見たかったスクールアイドルは、こんなにも。
こんなにもすごいんだ。
こんなにも、心が動かされる存在なんだ。

ただただ感動と感謝で、胸がいっぱいだった。
結果発表の内容も、頭に入らないくらい。
ずっと、会場で立ち尽くしていた。

気がつけば、会場に人はいない。
……入学してから私、こんなんばっかだ。

だけど、今は大丈夫。
明日が、楽しみで仕方がないんだ。

さぁ、帰ろう。
だって。

明日、キミと話したいことがあるから。
明日、キミに伝えたいことがあるから。
明日、キミの知りたいことがあるから。

明日ーー

そう思って歩き出そうとした時に。

明日の方がーー私に会いにきた。

その第一声を。
その駆けてくる姿を。
必死に走って来たであろう息遣いを。
はにかんでどこか照れ臭そうな表情を。

多分、生涯忘れることはないだろう。

私はこの日。

キミという明日に、出逢ったんだ。

おしまい◎

いいえ……はじまり!◎
ちぃちゃん、ハッピーバースデー!!◎◎◎🐙🐙🎉🎉

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