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キミと出逢うまで ①

「ぁ、嵐千砂都、です。よろしくお願いします」

今日は私立結ヶ丘女子高等学校の入学式。
この春から私、嵐千砂都はこの学校の「普通科」へ入学した。

入学式後のホームルームでの自己紹介。
クラス中からのそれだけ? という視線をよそに、いそいそと席に腰を落とす。

「あらし」という苗字のせいか、出席番号1番になってしまったのは新設校故の生徒数の少なさからか。相田とか青山とかいないの〜……

愛想もなく声も小さい私の挨拶に、怪訝な空気を醸し出したクラスメイトたちだったけど、次の子が挨拶を始めたことで私への興味を失ってくれた。

「ふぅ……」

いくつになっても慣れない、初対面の人たちへの挨拶。
気の弱い私の心臓が、今もどくんどくんと脈打っている。
振動が腰まで伸びた私の髪を揺らしているようにすら感じられた。

誰も知り合いのいない学校を選んで進学するのも、これで二度目。
中学の時は少し遠い学区に通わせてもらったので、高校はまた近場でと考えていた矢先に舞い降りた新設校。狙い通り、見た限りでは知った顔はいない。

『初めまして!嵐千砂都ですっ!好きなものはまぁるいもの!みんなよろしくね!』

……なんてイメージトレーニングを昨日寝る前にしていたけど。
現実はやっぱり厳しい。
第一、自己紹介で他に話せるようなこと、私には何もない。

だから……この新設校で、「新しい私」になれたら。
そんな風に思っていたんだけど……。

目の前に広がった知らない人たちの視線が、そんな勇気を干涸びさせた。
何かを話したら。
何か変なことを話してしまったら。
また。
また、私は……

嫌われるーー
ウザがられるーー
気持ち悪がられるーー
ひとりぼっちになるーー

そう思ったら、声が出なくなる。

念のために用意した伊達眼鏡のかけ心地の悪さが気になり、少し外してみる。
こんなものまで、用意したのに。
レンズに映る何の特徴もないストレートヘアの仏頂面をみていたら。
じんわりと、目の前がぼやけていくのは、視力のせいじゃ、ない。

「なに、やってるんだろう、私……」

誰にも聞こえないぼやきと同時に、クラスの一部が仄かに湧き始める。
その理由は、今から自己紹介をする人にあるようだった。

前髪が特徴的で、よく通る綺麗な声の子。
人気のある子、なのかな……

しかし意外にも、その表情は硬く、苦虫を噛み潰したような自己紹介だった。
……猫、好きなんだ。

そのクラス中の期待との違和感に気を取られて、目から何かが溢れることはなかった。

他にホームルームで印象的だったのは、中国からの留学生の子がスクールアイドルの勧誘に熱心だったことくらい。
スクールアイドルかぁ。
気も弱くて体力もない私には絶対無理……だね。

その時感じたことは、それでおしまい。
終業時間までひたすら息を潜めるように、机で過ごした。

特に何かが変わるわけでもなく。

あぁ、またきっと同じなんだ。
高校三年間も、きっと同じなんだ。
ーーそんな思いを抱えたまま一人、家路につくことがなんだか悔しくて。

なんとなく、竹下通りの方にまで足を伸ばした。

たった一度きりの、高校生の入学式。
何も出来ずに帰ったら、本当に何も変わらない気がして。

バイトでも始めたら、自分を変えられるかな。
なんて、オシャレな店先を覗く。

『声ちっちゃいんだよ』
『何言ってるかわかんないんだよ』

すかさず、昔かけられた言葉がフラッシュバックする。

……やっぱりだめ。

そんなことを繰り返した。

でも。
だって。
仕方ない。

言い訳ばかり、流暢に浮かんで消える。

ぐるぐるぐるぐる。

このままじゃ嫌だ、そんな思いと、何も出来ないことに対する言い訳がぐちゃぐちゃになって自分の中を回っているのがわかる。

ぐるぐるぐるぐる。

煌びやかな街の風景に、眩暈を覚えながら、帰れずに。

ぐるぐるぐるぐる。

人混みに酔うように、胃からキモチワルサが上ってくる。
きもちわるい。
おなかもいたい。

「本当に、何してるの……私」

気がつけば、もう夕方になっていた。
……もう、帰らなくちゃ。

夕焼けに染まる街のショウウインドウに、華奢な身体が映る。
情けない顔をおかしくデコレーションするように、丸眼鏡が、乱れた長髪が嘲笑う。
縋るような瞳だけが、そっと語っていた。

いいの?

あぁ、結局変われない。
本当に、何をしてるんだろう、私。
またじんわりと、目の前がぼやける。
嫌なのに。泣きたくないのに。

「新しい私」になりたいんじゃ、ないの?
本当に、いいの?

「本当にこのままでいいの……?」

その時だった。

ーー歌が、聴こえた。

竹下通りの雑踏の中でもハッキリと聴こえる。
とても綺麗な歌声が、響いていた。

その声に手を取られるように。
まるで初めて音楽を聴いた子どものように。
気がつけば駆け出していた。

なぜかわからないけど、
心が騒いで仕方なかったんだ。

黄金のように強い西日に目の前が眩みながら。
下手くそな走り方にもどかしくなりながら。
あがる息遣いに苦しみながら。
痛む脇腹を必死に押さえて。
走った先に。

そこに、キミはいたんだ。

つづく!◎

◎◎◎登場人物
嵐 千砂都(あらし ちさと)
幼少期にいじめられていた気の弱い少女。
とある事件をきっかけに髪型をストレートで過ごすことになった。
高校入学時には変装の意味合いで伊達眼鏡を着用。
身体も弱く人見知り。
好きなものは丸いもの。

???
前髪が特徴的で、声が綺麗なクラスメイト。
猫が好き?
竹下通りで見たのは……

◎◎◎あとがき
エンディング曲はRinging!でお願いします〜ということで!
初SSです。生暖かく見守ってください。

出逢わなかった二人のIFです。
続き物でゆっったり書いていきたいと思いますのでご容赦を。
え?早く逢わせろ人でなし!?
ごめんて……

亀の歩みですが、お付き合い頂けますと嬉しいです。
それでは!

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