キミと出逢うまで ③

「下校時間になったら、すみやかに帰宅してください」

下校時刻の過ぎた数分後。
図書室に入る西日が陰る中、その声が響く。

ハキハキと聞き取りやすい、自分とは真反対な話し方だと思った。

「あ……ご、ごめんなさい」

いそいそと帰り支度を始めながら、「あなたも、生徒じゃ……?」という私の怪訝な表情に気付いたのか、待ちながら音楽科の生徒は話す。

「私ももう帰るところです。最後に学内の見回りをしていて」

なるほど、と納得しそうになったけど、なんでただの生徒が見回りを? という別の疑問が浮かんだのも束の間。
予想外の質問が飛んできた。

「貴女は本がお好きなのですか?」
「えっと、まあ」
「熱中するのも良いですが、図書室で明かりもつけずに読書に耽っては、もっと悪くしてしまいます。お気をつけて」

伊達眼鏡に対して、そう指摘されてようやく図書室で電気をつけずに没頭していたんだと知る。
熱中すると我を忘れちゃうのは、昔からの癖。
おかげで、結構引かれちゃうことも、多い。
わかってるん、だけど。

「あ、これは……その、はい。あり、がとう」

伊達ですと言うわけにもいかないので、歯切れも悪くそう返す。
……それにしても。

一生徒がわざわざ見回りをしていること。
主張する右腕の腕章。
音楽科。

そこまで考えて、この子が入学式から周りで噂になっている「学校創設者の娘さん」だと、なんとなくわかった。
暫定的な生徒会として部活動などの生徒活動をまとめている、とか。

……教室でうつ伏せになってクラスの会話に聞き耳を立てて聞いた限りでは、だけど。
ということは、つまり。

「あ、あの」

あの二人が抗議に向かった相手、だ。

「スクールアイドル、なんで……禁止、なんですか……?」

気付くと尋ねていた。
そんな突拍子もない質問に、目を丸くする彼女。
私の言葉に何を思ったのか。
それまで優しげだったその瞳が、途端に鋭く尖る。

「やりたいのですか? スクールアイドル」

突き放すような、少し怒気の篭った声色に、嫌でも身体が震えてしまった。

「ううん、ただ……ただ、見たい、なって」

怯えているのが伝わったのか、彼女は一つ息を吐いて「そう」とだけ呟き、続ける。

「見るだけ、なら叶うと思います。今度の代々木でのイベントに、結ヶ丘の生徒が出場することになりましたので」

声色が戻るのと、その言葉を聞いて、顔が綻ぶ。
じゃあ抗議は通ったんだ……!

「ただし」

「ただし、見続けられるかはわかりません。彼女たちには一位を取らなければ、活動の許可が与えられないことになりました」
「一位……?」
「一位です。音楽活動において、この学校の名前を背負う以上、半端な成績では続けられません」

一位って……あの「一位」?
今、スクールアイドルってものすごく人気で……
全然知らない私でもわかるくらいなのに。
そこで……一番……

唖然とする私を促すように、「さあ帰りましょう」と言って一緒に図書室を後にする。

鍵を返しに職員室に寄ってから、校門まで一緒だった。
校門までの道中、彼女は「図書委員がまだ決まっていないので、よければお願いできませんか」と話してくれた。もしかしたら気をつかってくれたのかもしれない。
上の空だったけれど、「考えておきます」とだけ答えられたと思う。

それと、彼女は最後まで。
とぼとぼと覇気のない私の足並みに、ずっと合わせてくれていて。
先を歩く度に揺れるポニーテールが、なんだかすごく優しく見えたのを覚えている。

優しいんだ、この子。
……スクールアイドルと、何かあったのかな。

校門を出ると彼女は丁寧にお辞儀をして、別方向へ帰っていった。
私はそれを小さく手を振りながら、見送った。

……。
あの子の名前、わかんないや……。

こういうところだよ、嵐千砂都。
しっかり。
明日、また会えるかな。

その後の帰り道。
考えるのは、やっぱりあの二人……スクールアイドルのこと。

何もできないけど。
何かしてあげたくて。
神社に寄って神様にお祈りを、せめてしてみる。
丸い5円玉をぽとんと落として、祈る。

神様、どうか。
あの子たちがスクールアイドルを続けられますように。

それだけで、私はきっと大丈夫です。
そんな気が、するんです。

「また、あの子の歌が、聴けますように……」

ぼそっと、絞り出すようにそう呟いて、神社を後にする。
同い年くらいの綺麗な巫女さんとその妹さんだろうか、二人が掃き掃除をしていたのが、なぜだか目についた。……どこかで見た、ような……。

そして次の日から。

澁谷さんと唐さんの二人は、『代々木スクールアイドルフェスティバル』に向けて特訓と曲作りを始めていた。
どうやら澁谷さんはギターで作曲もできるらしい。すごい。

だけど。

ダンス。
振付。
体力。

そんなあまりにも、あんまりにも大きすぎる壁が。
二人の前に立ちはだかっているのが、遠目から見ても明らかだった。

気も弱くて体力もない私じゃ、どうやっても力になれない。
それが痛いほど、わかった。

……悔しい。

『頑張れ……頑張れ……!!』
練習する二人を横目で見ながら。
そう、心の中で祈るだけで、ただただ時間だけが過ぎていった。

直接応援する勇気のない代わりに、毎日神社に通って。
もしかしたら、神様とはちょっとだけ仲良く、なれたかな。

そして。

スクールアイドルフェスティバル、当日がやってくる。

つづく!◎

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