見出し画像

第12回「トポロジカル・シンキング」

地球を守るヒーローといえば? もしマクドナルドにいる女子高生にアンケート調査を実施すれば、満場一致。一も二もなく、だれもが口をそろえて「ウルトラマン」と答えるに決まっている。なんてったってデカいし、大きいし、巨大だし、ジャンボだ。

 

物心つく前から、ウルトラマンになりたかった。3歳のころに撮られたホームビデオを見れば、幼い僕が母のカチューシャをトサカのごとく頭にはめて、「シャッチ、ウントンマン!」と威勢よく連呼する姿が確認できる。なんらかの光線を出しそうな珍奇なポーズは抱腹絶倒もので、いずれウルトラマンになれると信じ切った顔がやけに面白く、笑いすぎて涙した。そのあいだも、ビデオ内の稚児はいたって真剣に、「もうすぐハヤタ隊員がうちに来る」と忙しなくおもちゃを振り回している。

 

いま思えば、どうかしていたのだろう。あわわ、変換ミスだ。いま思えば「同化していた」のだろう。幼いころの僕にとって、ハヤタ隊員は未来の僕であり、僕はハヤタ隊員そのものであった。生物学的にも、地球上の生命体はみんなおんなじ細胞をつかって生きているのだから、多様性が叫ばれている世に反して、たった一種類の動植物が跋扈していると言い換えてもいいのだ。いや、いいのかな。素粒子レベルで分解してしまったら、森羅万象において「おれがあいつであいつがおれで」と馬鹿らしい結論を導いてしまいかねない。そんな狂った悟りを開くまでもなく、ウルトラマンと僕は残念ながら同一人物ではない。

 

ちなみにこういった近似は、レイヤーさえわきまえていれば有用だ。山手線は環状線なのだから、図示するときは円形でいいよね、だとか、穴の数が一緒なのだから人間とコーヒーカップは同相だよね、だとか。こうして似た形で括る行為を物語に適用すれば、いわゆる「換骨奪胎」と呼ばれる作業になる。

 

無意味な前置きは忘れて、さっそく物語の背骨をぶっこ抜き、べつの生き物に移植してみようではないか。イメージしやすい例だと「乗り物パニック」がいいかもしれない。ハプニングによって乗り物が制御不能になり、乗客たちがサバイバルしながら生還を試みるといったやつだ。ストーリーの大まかな筋だけをコピーし、外側の皮膚としてペーストすれば、作品は新鮮なものとして生まれ変わっていく。たとえば『ポセイドン・アドベンチャー』の豪華客船を飛行機にすれば『フライトプラン』になるし、列車にすれば『新幹線大爆破』、バスにすれば『スピード』、宇宙船にすれば『アポロ13』になる。乗り物を拡大して考えてみてもいい。建物に置き換えれば、超高層ビル火災で大パニックになる『タワーリング・インフェルノ』にもなるし、我々が乗っている地球がヤバい、となれば『ザ・コア』にもなる。

 

どんどん適応してみよう。出発点からスタートして元の場所に回帰する「行って帰ってくる話」であれば、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』はまさにそうだし、舞台を火星にすれば『オデッセイ』であり、地球表面から中心あたりを行ったり来たりすれば『センター・オブ・ジ・アース』になり、『ザ・コア』にもなる。

 

あるいは『魔法使いの弟子』から派生した「自分で蒔いた種を刈り取る話」であれば、『ジュマンジ』が真っ先に思い浮かぶだろう。魔力の宿ったボードゲームを気軽にプレイしたばかりに、主人公たちはおろか周囲の人々にまでとんでもない被害と混乱を招いてしまう、あの展開だ。それを魔法生物にすれば『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』になり、超高性能なAIにすれば『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』になり、恐竜にすれば『ジュラシック・ワールド』になる。もちろん、人間が人工的に地殻変動を起こそうとした報いとして地球の核の回転が止まってしまうとすれば、『ザ・コア』にもなる。

 

まさに「すべての映画は『ザ・コア』に通ず」という故事成語があったかどうかは定かではないが、遺憾なことにこの作品はおバカSFとして一般認知されている。ま、そのとおりなので全面的に擁護できる作品ではないのだが、たとえば映画評論家の町山智浩氏が「こんなこと起こるわけねえだろ」とラジオで評した部分には反論を加えたい。氏の言い分はこうだった。「地球は自転しているのだから、地球内部の核が停止するなんて、車のタイヤを想像すればありえない話だとわかる(意訳)」。ところがどっこい、核内部の対流はそんな単純ではない。ものすごく複雑な運動であるため、いまだに正確な動きを把握することすらできないどころか、実際、立派に自転を続けている火星なんてすっかり核の運動をやめて磁場を失っているではないか。もし地球が磁場を手放してしまえば、太陽風にさらされて瞬く間に生命は焼き尽くされてしまうだろう。『ザ・コア』の設定は思われている以上に、わりと現実味があるのだ。

 

そんなの大げさでしょ、と思うなかれ。びっくりすることに、これほど科学の発達した現代でも、方位磁石の指す北と実際に北極点のある方向は一致しない。むしろ奇天烈な核の動きによって、どんどんズレてきているのだ。そればかりか、地磁気は日に日に弱まっており、いずれ北と南が逆転することがわかっている。カーナビに従って家から出発したら家に着いた、みたいな間抜けな「行って帰ってくる話」が日常的になるかもしれない。

 

しかし、これは愚かな人間によって引き起こされた異常事態ではなく、地球史のなかでは幾度も起きている自然現象だ。最後に起きた地磁気逆転は77万年前なので、人類が発展してから迎えるものとしては次が初になるだろう。どれほどの混乱や被害があるかはよくわからない。通信機能に深刻なダメージがあるとの意見もあれば、緩やかな逆転に合わせて人類は十分に適応可能だという見方もある。一時的に丸焼きになるかもしれないし、なんであれ助かるためには、みんなで『ザ・コア』を見て備えておくくらいしかない。

 

え、そんな気休めじゃ納得できない。そう嘆く人にとっておきの方法がある。いますぐM78星雲光の国からやってきた宇宙人に誤って殺されたらいいのだ。するとウルトラマンと同化できて、とてつもないパワーを手に入れられる。その力を使って地球の核をどう動かそう、なんて野暮なことは考えてはいけない。地球を守るヒーローなんか諦めて、さっさと飛んで宇宙に逃げてしまうべきだ。そもそもウルトラマンには地球の環境が合わないのだし、健康のためにも無理しないほうがいい。この星を見捨てたとしても、だれも文句は言わないだろう。ただし、カチューシャをした3歳児の僕にぎゃんぎゃん泣き喚かれる悪夢と付き合う覚悟があるなら、ね。

 

   映画凡人が綴りし駄文~「トポロジカル・シンキング」~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?