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消えたラッキー 1 一年前 

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1 一年前
 
 今朝めざめたとき、ぼくはなにかとてもすごいことがぼくにおこるような予感がした。
 ぼくはベッドからとびおきた。大あくびをしながら台所へゆく。テーブルの上にはぼくのマグカップとカップラーメンがのった皿。その脇にママと姉のマユの書き置きがおいてあった。
『昼ごはんにはもどります』
ママは親切だ。ママ・・・。仕事に行く前に食事の準備をしてくれるなんて、ありがたいことだ!
『昼ごはんにはもどります』
ママの字の横に、同じ文章のマユの文字がならんでいた。ぼくの姉のマユは小学五年生。最近、テニスの部活が忙しい。いいことだ!
 ぼくは、ポットからお湯をカップラーメンにそそいだ。どういうわけか、最近いつもこんな気分だ。ぼくは独り言をいった。
「何かとてもすごいことがおこりそうだ」
たぶん、これは土曜日のせいかもしれない。それともぼくの誕生日が近いせいか?もう少しでぼくも十歳になるんだ。
 カップラーメンの香りが部屋中にたちこめる。窓からは太陽の光がふりそそぎ、青空が窓の枠いっぱいに広がっている。
(いなくなってしまうなんてやっぱりパパは馬鹿だ)
 パパがママとぼくとマユをここにおいて遠くで働くようになってから二年になる。でも結局のところ三人でも元気にやっている。明日の日曜日は月一回のパパが帰ってくる日だ。
 ぼくはカップラーメンを食べ、冷蔵庫からとりだしてマグカップに注いだ牛乳を口にした。おいしい。
 TVのスイッチをいれると、未来のロボットの紹介をしていた。
「ロボットの開発が急速にすすんでいる一方、人や動物の体の一部に器械を組み込んだサイボーグの研究も一部ではじまりました」
ぼくはテレビを消して考えた。
(今日は何をしようか?)
 ママもマユもでかけてしまった。パパが帰るのは明日だ。ケイタはぼくにサッカー教室にいっしょにいかないかとさそってくれた。でも、ぼくは、そのことをママに言う気にはなれなかった。サトシが家でゲームをしようとさそってくれた。それも悪い話ではない。
 でも、答えは別のところにある。
(ラッキーと二人だけでいっしょにあそぶんだ)
 ぼくはジーンズをはいてとびあがった。Tシャツに手をとおし、もとはパパの部屋だった部屋に急いではいった。パパが遠くで働くようになってしばらくして、うちに、新しい家族が増えた。それが子犬のラッキーだ。パパの部屋に小さなゲージがおかれその中で暮らしている。今はラッキーの部屋だ。
 今でもラッキーがはじめて家にきたときのことは覚えている。
 ちょうど一年前、ぼくの九才の誕生日だ。遠くで働きはじめてから、なかなか家に戻ることのなかったパパが、ぼくの誕生日にわざわざもどってきてくれた。
 
 バニラの良い匂い。部屋中にたちこめている。ママが、お得意の「シフォンケーキ」をつくっていることに、ぼくは賭けたっていい。そうする理由もある。今日は特別な日。今日、ぼくは九歳になるのだ(もちろんパパがひさしぶりに帰ってくる日でもある)。
 ぼくは台所の戸をたたいた。「ママ」
 叫び声がきこえた。
「はいっちゃだめよ」
 半分あいた扉から、顔だけつきだしてママはいった。
「マサ、立ち入り禁止よ」
 マユもママといっしょに顔をだした。
 ぼくは思わず笑ってしまった。おやおや、ママとマユは、いつまでもぼくが四歳だと思っているみたいだ。ママは誕生日のケーキが『不意打ち』だと本当に思っているのだ。かわいそうに!ぼくは彼女を抱きしめたくなった。彼女はおでこに小麦粉をつけ、チョコレートの口ひげをたくわえている。味見をするときにできたのだ。
 ぼくは、ママが、亀がマラソンすると同じくらい、料理の才能にめぐまれてないと思う。しかし、あえてそんなことはいう必要はない。結局のところ、参加することが大切なのだ。ぼくはいった。
「じゃ、食器をならべようか」
「おねがいするわ」
 ママは、秘密の「シフォンケーキ」のことを忘れて、扉をあけた。ぼくは、中に入って台所の手前にあるダイニングテーブルの上に食器を四人分ならべはじめた。奥のほうに、雑然とちらかっている鍋や、木のしゃもじや、ショコラの素や、ビニル袋の中にすけてみえるいろいろな色のろうそくをちらりともたが、何も見ぬふりをした。
 ママが、大急ぎで台所から出て行ったと思うとまた戻ってきた。おやおや。彼女は化粧をしている。ほのかに香水のかおりもする。
女というやつは・・・パパがこんな風に時々言っていたっけ?今、ママはパパのことを考えているのだろうか?とにかく今夜はぼくの九歳のお祝いだ。ママはたいそうはりきっている。嬉しいことだ。
 ぼくはママに抱きついて、ママの胸のあたりに顔をうめた。そのまま、三十秒・・・いやもっと短いかな・・・そうしていた。
 ママは言った。
「マサも、もう少しで私の背を越してしまいそうね」
 リーン、リーン。玄関の呼び鈴だ。
「帰ってきたわよ」
 ママは小さな声で言った。
 ママはその場を動かなかったが、ぼくは玄関の方へとんでいって、扉をあけた。にこにこしているパパの顔が見えた。
「ただいま、マサ」
 パパは手にかごのようなものをかかえていた。うしろでママとマユの足音がきこえた。パパの顔に笑顔が広がった。
ぼくの目は、そのかごをからはなれなかった。丸いかごで、底には紙がしいてあるようだ。
(なにがはいっているのだろう)
 まもなくわかることだ。
「誕生日おめでとう、マサ。」
 パパは、かごをおおっているリボンをほどいた。かごの中に手をいれ、中からとりだしたのは・・・。
「これはどういうこと!」
とママは叫んだ。パパは答えた。
「前もって連絡した方がよかったかもしれないが」
 ぼくは、やっとのことで言葉をみつけた。
「子犬だ!」
 しばらくの間、体が動かなかった。子犬!ぼくの夢!一度もだれにも話したことはない。なのに、パパはどうしてわかったのだろう。それは、小さくて丸っこくて柔らかで、白と黒のブチだった。鼻はとがっていてビロードの眼をしていた。ぼくはためいきをついた。
「きれいだ」
「犬ですって!どうしてこんな」
「パパの単身赴任のアパートの管理人の犬が、子犬をもうけた」
ママはどう対応していいかわからないようだった。ぼくには、ママがけっして喜んでいないことがわかった。でも、やがて機嫌をなおしてくれることだろう。ぼくはじゅうたんの上に子犬をおいた。
「小さなぬいぐるみみたいだろう?」
 マユは床に座った。ぼくもそのとなりに座った。みんなの視線はその贈り物に集まった。ぼくは胸がいっぱいだった。笑おうと思ったが、できなかった。泣きそうでもあったから。なんという幸せ!
 ぼくはたずねた。
「この犬、なんという種類なの?」
 パパは首をかしげた。
「それは、誰もしらないんだ。雑種だな。・・・でも、たぶん、いろいろな犬のいいところだけとっていると思うよ」
 ママが大笑いした(パパがいない間のママにはあまりないことだ)。ママは大声で言った。
「これで子犬の名前はきまったわね。彼の名は『ノラ』よ。どう?」
 ぼくは笑えなかった。変な名前だったからだということではない。ぼくは、自分の今の気持ちを邪魔されたくなかった。ぼくは子犬を耳にあてるように抱きしめた。子犬はやさしい目でぼくをみた。
 子犬なんて、最高だ!パパ、ありがとう!ぼくは、パパにとびついて抱きしめたい気持ちをやっとおさえた。
「食事にしましょうか?」
 おいしいステーキ(ちょっと焼けすぎだったのが残念)。揚げたジャガイモ(あまり熱くなかったのはなぜだろう?)。そして、子ども用のシャンパンとろうそくだ。ママはデザートのケーキをだし、いつものとおり居間のあかりを消した。
 みんなで歌った。ハッピ・バースデイ・マサ。みんながおおきな声をだしたので、子犬もいっしょに吠えた。
「ろうそくを吹き消して、マサ!」
とマユが叫んだ。
 おもいきり息をすって・・・フー!大成功!一回でだ!みんなが拍手喝采。
 ママは電球をつけて、チョコレートのシフォンケーキをみんなに配った。みんなで食べた。シャンパンのふたが天井にとんでいった。
子犬はこわがってびくっとしたので、ぼくは膝の上にのせた。ぼくは、子犬の心臓がぼくの指のところで、トクントクンと鳴っているのを感じた。
 そのとき、ぼくは急に奇妙なかんじにおそわれた。まるで五人が、(もちろん子犬もいれて、だ)大きな球状の空間の中にとじこめられていて・・・その空間は総天然色の色で、あるいはその反対の無色透明で・・・なんの心配ごともそこにはない。しあわせな時。
 小犬の名はラッキーにした。ぼくがつけマユも賛成してくれた。
 あれからもう一年になるんだ。

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