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消えたラッキー(最終)5 盗まれた犬たち

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5 盗まれた犬たち
 
 マユはぼくを見た。
「わたしがでる?それともあなたがでる?」
「たのむよ」
 実際、ぼくの手は汗にまみれ、足に力がはいらなかった。少し気分も悪かった。でもマユは彫刻のように落ち着きはらっていた。おまけに、彼女はふるえもせず、元気よく携帯を耳にあてた。リーン、リーン。呼び出し音が聞こえる。マユは低い声でささやいた。
「奴は電話にでるかしら?」
 女の人がでた。震える声の年をとった女の人の声だった。
「じっけんどうぶつおろし小島、でございます」
 マユは、よそゆきのかわいい声をだした。
「あなたはお店の方?」
「店のものですが。何の用かしら、おじょうさん」
 マユは、一呼吸おいてしゃべった。
「小島おじさんが、『もの』はちゃんと届いたかって」
 むこうはしばらく、沈黙したあと答えた。
「『もの』というと?」
「・・・・・・」
「あなたは誰なの?」 
その女の人は高い声をだした。
マユは携帯をきった。彼女の眼は輝いていた。
「聞いた?少なくとも女の人は、家の中にいるわ」
「なんで君は、『もの』は届いたか?なんて言ったんだ?」
「映画でみたことがあるの。・・・もしかして共犯者が恐ろしがるか動揺するかと思って」
 ぼくはあっけにとられた。ぼくは口ごもりながら尋ねた。
「わかった。じゃあ、君のシナリオではぼくらはこれからどうすればいい?」
「彼らが外にでないよう、みはるのよ」
 ぼくは頭をかかえた。
 ほとんどの人々は、人生において、よく考え、再考し、ものごとを分析し、論理的な結論をみちびく必要があると思っている。
 しかし、ぼくはそれが本当なのか?と思う。予感(本能、という言葉でもいい)というのは、もっと重要なのではないか。われわれを時にはばかな道に導くこともあるかもしれないが・・・結局のところ、筋が通っていることが多い。予感なしに、ぼくらはここまでこれなかった。予感がなければマユとぼくは、もうとっくにラッキーを見捨てていただろう。チャンスはまだ残っている。
「突き進むしかない」
とぼくは言った。ぼくの心臓は息もできないほど高まってきた。閉まっている門をおしてみた。なんと門にかぎはかかってなかった!
 家の門があくと同時に、ぼくは、正面の右手にある物置のような建物のとびらが少し開いているのに気づいた。そのとき、かすかな奇妙なうめき声がそこからもれるのをぼくは聞いた。物置の奥からだ。もう考えることはない。ぼくはマユに、
「ここで待ってて」
と言うと、人が現れるのを待たずに、物置へとむかった。少し開いている扉をあけて、暗い部屋を少しすすむと、犬のにおいがした。
 ぼくはさらに奥にはいった。天井からは、一個の電球がぶらさがっていた。そこでは、ぼくに背をむけて、女の人(髪の毛の白い老婆だ)が、さらに奥に続いている鉄の扉に鍵をしているところだった。ぼくは叫んだ。
「そこを動くな!」
 びっくりして、彼女がふりかえった。ぼくの方はあいた口がふさがらなかった。公園でハトをおいかけていた、あの白い帽子をかぶったおばあさんだ。これですべてわかった。ぼくは言った。
「ラッキー。ラッキーを盗んだのはおまえたちだな」
 まちがいない。誰も、ハトにパンをやっているみすぼらしいおばあさんのことなど注意をはらわない。共犯者が注意をひきつけている間、彼女はどんなこともできるんだ。
 怒りがこみあげてきた。ぼくは彼女を突き飛ばし、鍵をとりあげ、鉄の扉のむこうの部屋をあけた。そこにはさらに奥に続く狭い廊下があった。ぼくは急いで奥に進んだ。
 暗くてはっきりとは見えなかったが、壁にそっていくつものゲージがあった。薬をうたれて眠っているたくさんの犬がそこにいた。
 ぼくは叫んだ。
「犬たちだ。公園で盗まれた犬たちだ」
 それこそが、『もの』だった。ぼくは呼びかけた。
「ラッキー!」
 キャーン。小さな鳴き声がした。答えた!ここにいる!まだ、彼女は薬をうつ時間がなかったんだ。
そのときマユの叫び声が、入り口のほうから聞こえた。
「マサ、助けて!」
 ぼくは廊下をもどった。だが、老婆が両手をひろげ道をふさいだ。
「このガキ!なにか文句があるのかい。この汚い動物で、ちょっとだけ金をかせごうとしただけじゃないか」
 この汚らしいメス犬め。彼女の力は雌牛のようだった。なかなかぬけだすことができない。頭の上の方で、格闘する音がきこえ、マユの鋭い声も聞こえた。『警察!警察!』
 すると、突然大きな音がした。
 ビンがわれる音だ。バタンと人の倒れる音。そして沈黙。
「マユ!」
 やっとその老婆からぬけだし、ぼくは入り口にころがりこんだ。
「マユ!」
 床にのびていたのは、あざの男のほうだった。まわりに、われたビンの破片がちらばっていた。
「ごめんなさい。瓶でなぐるしか方法がなかったの」
彼女は真っ青な顔をしていたが、微笑をうかべていた。
 パトカーのサイレンが、だんだん強く、近くにせまってきた。
 やがて、警官と、いっしょに案内してのってきたマコトおじさんが現場に到着した。
 
 エピローグ
 
 明日の新聞にぼくらの写真がのるようだ。TVにもでるだろう。警察官が言っていた。
実験動物用の犬を非合法の研究所におくるルートがあきらかになった。そこの研究所では、犬のサイボーグをつくる研究をしているらしかった。盗んだ犬は、そのための実験用だった。
大きなあざが頬にある男とその妻の老婆は牢屋にはいるだろう。
「わたしたち、有名になると思うわ」
「関係ないさ」
 ぼくは腕にいるラッキーをまた抱きしめた。
「こいつがみつかったんだ。それだけで十分さ」
ママはぼくに微笑んでいた。夕方の空気は、赤くやわらかだった。ママがいうには、お父さんが『心配して』今晩中に帰ってくるとのことだった。
 マユとぼくは前を歩き、うしろでは、マコトおじさんとママが小さな声で話しをしていた。ぼくにはママの心配そうな声がときおり聞こえた。頬にはラッキーのやわらかい頭がふれていた。そしてすぐ隣にはマユが歩いている。幸福というのは、こういう瞬間なのだ。
 夜。ぼくはマンションの部屋の窓を大きくあけた。屋根のつらなる向こうに街の家のあかりがきらめいていた。ぼくらのマンションは外からはどんな風にみえるんだろう?ちがう惑星からやってきて、そこに着陸した宇宙船のようにでも見えるのかしら?
(宇宙船?犬のサイボーグ研究?でも、美しかったり便利だったりする未来の発明品が、すばらしいものとは限らない)
 ママとパパがぼくの部屋にはいってきた。パパが言った。
「パパとママ、少し前から相談していたんだけど、今度、パパ、単身赴任をやめてマサやマユと毎日顔をあわすことができる職にかわるつもりだ。そしたら、もしかしたら、家も引っ越すことになるかもしれない」
「ふーん」
「マサはどう?学校も転校になるかもしれないけど」
「かまわないさ。パパが一緒なんて、素敵なことじゃあないか」
 今日、とにかくラッキーをみつけなくちゃあ、と思ったのは、今のぼくの幸せをつくりだしているのはラッキーだと直感したからかもしれない。ラッキーがいなくなると、ぼくの幸せな世界がくずれてしまう、そんな気がした。だからあんなに必死になったのだ。
 でも、パパがもどってくる新しい生活だって、また違う幸せに包まれるのだろうと思う。
 転校は少し淋しいかもしれない。でも、今度は、ママやマユやパパだけでなく、ラッキーも一緒じゃあないか。きっと心配ないさ。
 ぼくは外をみた。とても心が軽く感じられ、簡単に遠くの星までもとんでいけそうな気がした。
「もうすぐ、マサも十歳ね」
ママがやさしく言った。ぼくは、もう大人で、なんでも一人でできるような気分に一瞬なったが、そうでないということもよくわかっていた。
 ぼくの隣にはラッキーがいた。パパが帰った日は、ラッキーはパパの部屋を追い出されて、ぼくの部屋で寝ることになっていた。
いつも二人で、なんでもとりあいになるのだけども、今日は、この件については、マユはぼくに全面的にゆずっていた。 
 
                                了 



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