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映画『大いなる不在(GREAT ABSENCE)』劇伴音楽制作過程について

近浦啓監督作品
『大いなる不在』
森山未來 真木よう子
藤竜也 原日出子

トロント国際映画祭の主要コンペティション(Platform部門)に正式出品された。この部門、歴史が浅いという理由もあるが、日本映画が出品されたのは史上初。文字通り快挙である。

トロント国際映画祭は北米随一の映画祭であると同時に、世界3大映画祭にも迫る規模と影響力を持つ。

さらに、サンセバスチャン国際映画祭のオフィシャルセレクションにも出品が決定。日本からは、「君たちはどう生きるか」と本作の2作品のみである。(8/26.追記)

僕の音楽が少なくともこの映画の足を引っ張ってはいないことが証明されたようで、ひと安心である。

なんとなく、劇伴制作のこれまでを記録しておく。

大いなる不在の決定稿

4月頭にこの映画の話をいただき、脚本をもらったのが6月末。この映画の背景やコンセプトを近浦監督と話し、8月にいくつかの場面のラッシュ映像を確認した。

がっつりと制作した期間は9月〜11月。制作当初から近浦監督の考えは理解できた上、同じ方向を見ている感覚もしっかりとあったので、制作は滞りなく進んだ。生まれたデモ音源は都度送りフィードバックをもらい修正、という作業を繰り返し、音楽は次々と完成していった。メインテーマは3通り制作し、現行の曲に決まった。

制作当初から「音楽で観客の気持ちを先回り、先導することはしたくない」ということを監督とは何度も確認し合った。音楽は映像以上に感情を先導する。安易に感情を決めつけてしまうことは、この映画では避けたかった。それは主演の森山未來さんの演技にもよく表されていて、彼は”なんとも言えない表情”をつくるのが抜群にうまい。そのため分かりやすい音楽をつけてしまうとそれを台無しにしてしまいかねない。

またこの映画は全編35mmフィルムで撮影されているため、音楽もそれに合わせ、ややローファイなイコライジングを徹底した。ストリングスなんかは質感がすごく映像と合っていると感じる。

高原久実(Vl)

10月、横浜でストリングスの録音をおこなった。メロディとハーモニー以外にも、いろんな”ノイズ”を録った。音楽と非音楽の間を狙うため、ノイズを多用していたからであり、この映画の劇伴ではこの時録音したバイオリンとチェロのノイズを数多く使っている。

いつの間にか音楽がinしておりいつの間にかoutしている、という音楽と環境音のトランジションをぼかす手法もたくさん使っている。これはRevenant(坂本龍一・Alva Noto)やChernobyl(ヒドゥル・グドナドッティル)を参考にした。とても映画の世界観を支える屋台骨的なアプローチだと思う。かなり注意深く聴かないと分からないレベルで音楽を紛れ込ませているが、これがなかなか効果的だった。

ピアノは隣の久留米市にスタインウェイのコンサートグランドを置いてあるスタジオを運良く見つけ、レンタルして録音した。11月の中旬。ギターのノイズを最後に録音し、レコーディングの全工程は終了。

12月頭に成城の東宝スタジオでダビングに立ち会った。

サウンドミックスデザインは野村みきさん、大保達哉さん。ドライブマイカーも手掛けた敏腕ミキサー。2人から学ぶことはとても多く、この1週間強で映画の音についてかなり造詣が増した。

東宝のダビンスステージは日本最大

と同時に、自分の音楽が悪くないという感覚も得られた。これまでひたすら独学でミックスをやってきたけど、たぶん間違っていなかった。

近浦監督とは脚本をもらったあの時から同じ方向を向いていた感覚があった。制作に大きな迷いやトラブルがなかったことも、きっとその成果だろう。

これからこの映画はワールドプレミア、そしてヨーロッパプレミアを迎える。世界を旅した後の日本公開は来年。お楽しみに。

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近浦啓監督作品
『大いなる不在』
森山未來 真木よう子
藤竜也 原日出子

トロント国際映画祭Platform部門出品作品

撮影: 山崎裕
音楽: 糸山晃司
サウンドミックスデザイン: 野村みき、大保達哉

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