悩みがない
悩みがない。そのことに悩んでいる。
今だけではない。これまでの人生、ほとんど悩んでこなかった。でも周りを見ると、いつも何かと悩んでいる人が多いように感じる。
誰かが悩みを相談すると、周りは「そうだよねー、迷うよね。分かるー」と共感する。
優しい世界だ。その世界に、僕はなかなかついていけない。悩んだことがないからだ。「そんなの決めの問題なのだから、今ここで決めちゃいなよ。いくら悩んだところで解決しないんだから」と思ってしまう。
一応それなりに社会性はあるので、真剣に悩んでいる人に向かってそんなことは言わない。ただ内心では「悩んでも意味なくね?」と思っちゃってるのだ。
悩みがない問題。3つのパターンが考えられる。
1つ目は、実は人並みに悩んでいるという可能性。「悩む」って結局主観じゃないですか。自分が悩んでいると思えばそれは悩みだし、悩んでいないと思えば悩みではない。僕の認識では悩みではないのだけど、客観的に見たら「お前、悩んでんじゃん」となるかもしれない。
この場合はある意味、安心ですね。「悩み」の定義が違うだけで、僕も普通に悩む人間ということになる。
2つ目。ガチで悩んでいない可能性。何にも考えていない、脳内お花畑パターン。悩みとは、真剣に向き合っているからこそ発生する事象であり、深く考えずに呑気に暮らしていれば、何の悩みも発生しない。
もしもこのパターンだったら、大人としてかなり問題だと思う。僕は考えることが好きで、色々な事象に対してそれなりに考えているつもりなのでこのパターンはないと信じたいが...。
3つ目。実際は悩んでいるのだけど、それを自分自身で隠している可能性。これが一番怖い。そしてまあまああり得る気がする。
悩みが自分のコンプレックスに深く刺さるような内容で、誰にも相談できない。悩んでいること自体を打ち明けられないまま、ひとりで悩み続けることは苦しい。その苦しみから逃げるために、悩み自体をないものにしてしまう。
僕は自分の認識を操るのが結構得意なので、これできてしまう気がする。
悩みがない、という状態は基本的には楽だ。悩んでばかりの人と比べて、生きやすい気がする。ただ、悩みがない代わりに、何か大事なものを失ってはいる可能性がある。
もしかしたら、僕は自分と向き合っていないのではないだろうか。見たくないものを見て見ぬふりをしているのでは。真剣に生きていないから悩みがないのか。そうだとしたらまずい。
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