1話 触らぬ神にも触れてやろう



 私は今日も今日とて向かっていく。向こうには友人がいて、やることがあって、ひたすら日々を繰り返す。以前の私が見ると、どう思うだろうか。呆れるか、怒るかだろう。

しかし、私は私でこれからが何となくだけど、見えてきたのだ。今はそれに、従っていたい。

             ( ・∀・)

 …彼はいつも1人だ。休み時間は本を読んでいて、授業中は誰よりも多くの勉強をこなす。
いつも寂しそうにしているくせに、誰かに話しかけられてもすぐに良い奴を装って追い返す。
いつも不機嫌な彼の周りには、どんよりとしたオーラがあった。そのせいか、今や入学時以降誰も話しかけなくなった。

それでも彼は、そこにいる。誰よりも下を見て、物憂げにただ本を見つめている。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

「よっ~ーー~ー!!おはよう~!旅ちゃんっ!」
…明るく溌剌とした声が私を呼ぶ。朝からのその快活さは嫌いじゃないが、私を呼ぶときに「ちゃん」付けはやめてほしいものである。

「…おはよう」

その声の持ち主は、芹田ユミコというよく分からない人物だ。
目が大きくて顔が小さくて、眉目秀麗な顔立ちの整った人間だ。

いつもバカ面してる割には勉強ができる。

その持ち前の明るさと友人思いなところから、校内の殆どの人間と友達という、元ボッチである私にとってはとんでもない存在なのだ。

多分、彼女のなかでの私もその「友達」とやらに入るのだろう。友達の友達は友達だっていうタイプの人間っぽいからね。

 彼女は私の見つめていた先を見て「何、気になってるの?」とかなんとか察しが良いのか悪いのか。

「…まあね。好きってわけじゃないよ、どういう人か気になってるだけ」誤解の無いよう前提を置いて返答する。

彼女はそれを聞いて、私になんとなく笑いかけているような表情で彼についての情報をこっそりと教えてくれた。
「歌骨千景」ひらがな七文字のその名前は、彼らしさを少しだけ感じさせるような名前だ。彼の死んだような目と、「骨」という字に共通点があるようだ。

「あいつ、僕と同じ中学だったんだよ」ユミコは私が相槌を打つのを確認したあと、ゆっくりと語り出す。

 もともと、彼はとても明るかったという。 運動部と生徒会に入っていて、自分の夢を叶えるために周りが分かるくらい努力していた、いわゆる「色々な人に好かれる」タイプの人間だったそうで、実際かなり好かれていたらしい。気遣いも出来て、気さくで相手を不快にさせない。

空気が読めないしすぐに調子に乗るってことも教えてくれた。…なぜそこまで彼を分析しているのだろうか。もしかして、中学時代に彼に恋でもしていたのだろうか。聞いた分だと、けっこうカッコいい人のようだし。

「あいつが何であんなに変わったのか僕には分からない。期待に押し潰されたのかもしれないし、なにか理由はあると思うんだけどね。」彼女は最後に二言くらいつけたして、彼の人物紹介を締めた。

「そっか…色んな人がいるんだ」誰にいうまでもなく1人呟いて、どうするかを頭で整理した。
「でも」ユミコは私を見つめた。
「どうするの?」ただ単に純粋に気になっているような目で、もう彼に恋心はないのだろう、あるいは最初からないのだろう、と思わせるような目だった。

「ああ」ユミコは何かを思い出したようだ。
「旅ちゃんの設立したよく分からない部活か!」よく分からない部活。その9文字の1字の羅列に少しばかりムカつきながら、一応説明しておくと、私が高校生活を最大限楽しむために設立しておいた『自己問題解決部』という部活だ。

何でもいいから、自分の周りの疑問や課題を解決していく部活なのだが、今のところ部員は私しかいない。なぜなら…
「誰も知らないからっ」私の思考を読むようにして、芹田ユミコは呟いた。

「ユミコは仕事を忘れさせてくれる楽しい奴だ」私は皮肉のつもりで言ったのだが、彼女はそれをどうやら褒め言葉と受け取ったらしく、若干照れながら、「そ、そう」と返してきた。

「まあでも、そういうことになるかな。私の部活に必要な人材じゃない。いや、ただ単にどういう人か気になるだけってのもあるけど。そんなのは話してみてから考えればいい」
話をまとめるように私は投げやりに話した。すぐにチャイムが鳴り始めて、ユミコは席へと戻っていった。

 他の皆も着々と椅子に座ろうとするのだが、1人だけ、椅子から立ち上がって教室から出ていく人がいた。歌骨千景だ。相変わらず不機嫌そうに下を見つめながら歩いている。皆はそれに気づきもせず、教室に入ってくる教師にだけ注目していた。

     
         ( ・∀・)

「また歌骨は出席してないのか」教卓に手を置いた教師は苛立っているようだ。


「いえ、さっきまではいましたよ」最前列の席に座っている生徒の1人がそう言うと、教師は「そうか」とだけ返して、消化不良な感情を振り払うように授業を始めた。

……私はなんとなく彼が気になり、授業から抜け出してみることにした。
「先生」
「どうした鏡屋」
「頭痛いので保健室いってきてもいいですか」理由なんてどうでもいい。
「ああ、ならいいから行きな」
「ありがとうございます」

        ( ・∀・)

 「さて、と」歌骨千景はどこにいるのか。私も以前ボッチの端くれだったから、どこにいるかどうかはある程度検討はつく。そういう所は、この高校のオープンスクールの時点で調べ上げているからだ。

屋上の鍵は職員室で、常に職員がいる。屋上は禁止されているから、ない。
空き教室も、たまに人が物置きに使うため来るから、ない。

となると、後は体育館下の自転車置場だけだ。校内での遅刻常習犯は、歌骨千景くらいしかいない。人も授業中だから誰も来ないし。

しかし、あそこは風通しが良くて今の秋の時期、結構寒いと思うのだが。

 
 そんなこんなで歌骨千景を探しに自転車置場に来てみると、確かに彼はそこにいた。どうやら本を読んでいるようだ。風が強くて読んでる途中にページがめくれてしまい、とても不機嫌そうに…見えない。

いつもよりも、彼の表情はにこやかだった。周りの鎖を断ち切ったかのように爽やかで穏やかな表情で、手元の本を眺めている。
1人が、好きなのかもしれない。私と同じように。 


黒色の学ランが彼のスラッとした体格を現していて、短めの黒髪と茶色の目がチャーミングな顔立ちにしている。それと口元が上がっている。

「あの」そう呼び掛けるやいなや、彼はこちらに気づいたのか目をしばたたかせて顔を確認してくる。

「…やあ、どうしたの」歌骨千景は不機嫌そうな表情とは裏腹に、気さくそうな言葉を喋る。
「読書、好きなの?」私は彼にそう投げ掛けた。彼は突然のことなのか、少しだけ動揺の色を含みながら答える。
「まあまあ」
「そっか」
「…」
「……」
「……………………………」

「それで」沈黙に耐えきれなくなったのか、彼が先に何の用かと促してくる。
「ああ」「いや」「その」「えっと」自分から話しかけたのに、妙に緊張してしまう。

それは彼が不機嫌そうだからというのもあるのだが、初対面の人と話すのは少しだけ緊張するのだ。ユミコが話しかけてくれたおかげで、私は友人が1人だけ、ユミコだけ出来ている。

「歌骨千景…くゆ…くん…だよね。」彼はなんだろうと瞳に疑問の色を濁らせていた。

「ええっと」「気になって来ただけだよ」
「…そっか」彼はどうでもいいと言うようにまた本に目を落とした。あの不機嫌そうな表情で。

「………………………………」沈黙が流れる。私に気づくよりもページをめくる早さが遅くなっている気がする。

このまま手ぶらで何も得ず帰るわけにもいかないので、私は彼という人物を少しだけ知ろうと試みる。
「つまらないだろ」しかし、試みるよりも先に彼が話しかけてくれた。

「え?」
「だから」彼は何故か若干イラつきながら、つまらないだろ、ともう一度言う。
「不思議な奴に見えても、蓋を開けてみれば普通だ」…。彼は、私が気にかけているのはその非凡な所だと思っているのだろうか。

「別に」「つまらなくはないよ」はっきりと否定しておく。
「…」
「つまらないと思うほど、私は歌骨くんを知らないし」
「…そうか」飄々とした彼の感情は時折不安定に見える。少しだけ驚いたような色を浮かべる目を余所に、私は彼の手元の本を見やる。

『Writed BOOKs of All gamEs』という英語表記のタイトルだ。文章も何やら英文が羅列されていて、難しそうな内容だった。

「……それ、読めるの」私はこんなもの読んでいるのかと驚きつつも彼に聞いてみる。が、彼は首を振って否定する。
「読めないよ、今じゃなくてもう少し先じゃなきゃ」未来のことを言っているのか。
「ただ」
「なんとなく言っていることは分かるよ」
「それを自分なりに解釈しているだけ」
「それに」
「この本はそうやって読むものなんだと思う」彼は本のページをパラパラとめくり、123ページを開いて1文を指差した。
『HAve I defense.』という文だ。大文字が語頭以外にもある。めちゃくちゃだが、前文や後文から推測して簡単に解釈すると、なんとなく意味が分かる。

「たしかに」
「でしょ」彼は少しだけ誇らしげに、私の顔を見上げる。私は同じ高さの視線に合わせるために、彼の向かいに座った。
「言葉では語れないものを、どう表現するのか、それを思い出させてくれる本だよ」
…彼は以外と。周りから見ると暗いけれど、話してみると面白いかもしれない。

「面白い本だね。海外の本みたいだけど、どこでその本を知ったの?」私は彼が心を開いてくれるよう質問で感情を促した。
人は誰でも、自分に関することを聞けば関心を持つものだ。

「3年前に家族と旅館に行った時、ドイツの同い年の子がくれたんだ」彼は大事そうに本を愛でている。彼にとって、大切な人なのかもしれない。
「まあ、一度話しただけなんだけどさ」彼はしょぼくれた瞳を隠すように長い睫を伏せる。
「でも」「あの時話していなかったら、こうやって君と言葉を交わすこともなかったんだろうと思うよ」
彼は私の目を見据えて言葉を紡ぐ。濁ったような目だけど、どこか澄んでいるような一片を思わせた。

「そろそろ」「チャイムが鳴る」「俺は帰るよ」彼は立ち上がる。私にそれじゃ、とだけ言って、緑色の、彼には少しアンバランスな大きさの自転車に乗って、校門から出ていった。

一応挨拶は返した。彼についての話が聞けただけでも、よかったのかもしれない。私に興味を持つことは無かったのかもしれないが、また会える機会を作るとしよう。
…彼がどんな人なのか、少しだけ分かった気がする。







 

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