立川ダンディー

立川ダンディー

1,600字ほどの記事です。

<おことわり>
別のブログで以前書いた(気がする)内容です。
記述(記憶頼み)にゆれ・矛盾があると思いますが、照合しつつ笑ってやっていただければと存じます。

<本文>
さてさて。

小学校卒業式の後でした。
福生市内から、当時すでに国鉄からJRになっていた青梅線で、立川に行きました。
待ち合わせ場所は、改札外の大きな通路、南口方面寄り。
ことに仲の良かった級友(とその親御さん方々)との、食事の席がセットされていたのです。

多摩都市モノレールの予兆無き(工事もまだ)、当時の立川駅。
南口方面は、駅前通りにて酒盛り開催・賑やかなおっちゃん方がそこそこいた時代です。
卒業式装束のままの私の上着胸ポケットには、たしか下級生からもらった、花が一輪。
アルコール納税中のおっちゃん方とは、失礼ながら方向の違う格好でした。

駅通路にも、数人のおっちゃん方。
春のころとは言え、昼間強めの日差しを避けていたのかもしれません。
その中お一人の視線と、私の視線がぴたり、と合いました。
ひょいひょいと、手招きされます。
よれた服に、へたりこんでややも元気がないそのおっちゃん。
言ってもこちらは子ども。警戒心をもちつつ、ある程度の距離まで私は歩んでいきました。

おっちゃんが口を開きます。
「ぼうず、卒業式だったのかい」
コクリうなずく私に、ことばを続けていくおっちゃん。
「つぎは中学校かい?」
もう一度、うなずく私。

おっちゃんは、笑顔でさらにつづけました。
「しっかりと勉強して、高校や大学でもがんばるんだぞ。おっちゃんみたいにならんようにな」

大人社会のことを、想像することはあっても実感まだ先の少年……私。
それでも、おっちゃんが何を言わんとしているのか、一意すぐに飲み込めました。
ここばかりはしっかりと声を出して、おっちゃんに返事をした記憶があります。

破顔一笑のおっちゃん。
どこまでも重みのある直前のことば、比して底抜けに明るくなっていく、ぼさぼさ髪と伸び放題ひげの笑顔。

何かとてつもなく大きなものを、おっちゃんからいただいた……私はそう確信しました。
「ありがとうございます…」
はにかみつつ、胸ポケットの花をせめてもの御礼に差し上げようとしました。

こんどは驚きをたたえたおっちゃんの顔。
「ぼうず、ありがとな。でもそれはぼうずがもらったお花だろ? 大切に持っておきなよ」
ここで無理に花を手渡すのは、却って失礼だな……そう思い一礼。
一輪の花を胸ポケットにさしなおしました。

ふっとこのタイミングで、母の私を呼ぶ声がしました。
視線をそちらへ少しやると、待ち合わせメンバーもそろっているようす。

「ぼうず、元気でな」
視線をまた戻すと、おっちゃんは笑顔に戻っていました。
きちんとことばを伴った挨拶をするべき私、またもはにかみながら一礼。
そっと、母がいる級友たちの輪へと戻り、立川駅をあとにしたのです。

身なりから当時の年齢を想像するのも、やや困難な印象であったほどのおっちゃん。
厳しい見方をすれば、すでに地上でお酒を飲んだりしてはいないと思います。
私自身が四十路突入するほど、年月が経っていますゆえ。

もし再会できたとして「あのときのぼうずです」と、改めて感謝を伝えられるほどの「立派さ」が、私にはありません。
人様の目には低空飛行人生。
おっちゃんに「頑張りが足らなかったかい」と苦笑されたことでしょう。
あがきつづけ、もがき続ける部分が、私にもまだまだあります。

それでも、折々におっちゃんを思い出すのです。
痛烈なまでの励まし、として。

毎日のごはんも、住む家も、読みたい本も、使いたいデジタルデバイスも……おおかた「持っている」私。
せめても環境に甘えず、自分のメンタル状況を言い訳にせず、おっちゃんにまた会えた時に恥ずかしくならない生き方を……と、また一歩そして一筆。といった次第。

お読みくださったあなたにも、私にとっての「おっちゃん」のような方、いらっしゃいますか?
分かち合えたら、幸いです。

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ふぁぼられて……これは……常春のここち……
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