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モテたい彼と依存する彼女 第10話

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https://note.com/koito_0_0_/n/n08a382d38b6d

 莉々華の突然の告白に、知那は固まった。
 莉々華が、同性愛者? 知那のことが、好き?
 なにも言葉が出なかった。

「……中学の時に、学校に行けなくなったことがあるの、そのときも、私が同性愛者だと言われたことが原因だった」

 何も言えない知那に、莉々華はぽつりぽつりと言葉をつなぐ。

「そのときは、特に好きだったわけじゃない。だけど、そういう噂をされて、怖くて学校へ行けなくなった。バレるんじゃないかと思ったら……怖かった……」

 それは噂というよりも、何気ない軽口のひとつで、なにも本気で言っていたわけではなかったらしい。だけど、それさえも莉々華を傷つけた。

「でも今回は、ただの噂じゃない。本当だから……私なのに……私のせいで、知那が……」

「莉々華のせいじゃない!」

 それは咄嗟の出た言葉だった。莉々華が知那を好きだというその言葉を、しっかり理解したわけではなかった。それでも、この事態が莉々華のせいじゃないのは明らかだし、莉々華が悪いわけがない、と知那は思った。それと同時に、知那の莉々華への気持ちは恋愛ではなかったと、なぜか理解してしまった。莉々華の思うような、そんな思いつめた気もちとは違う。
 あとあと考えると、知那は莉々華に依存していたのだと思う。莉々華という存在に救われて、独占したいという気持ちもあった。だけどそれは、恋愛感情ではない。今でもその気持ちの違いははっきりとはわからないけれど、知那は自分の気持ちとしてそう思う。

 知那は考えたあげく、莉々華と離れる決心をした。
 莉々華が同性愛者という事実があり、公表したくないと思ってる限り、その噂はなんとしても消さなきゃだめだと思った。「知那が」という噂であっても、いつどんなことから莉々華のほうにも矛先が向けられるかわからない。それだけは、避けないと行けないと思った。

 そしてもう一つ、知那が莉々華と友達でいたいと思っても、莉々華の気持ちが友情ではないと知った今、一緒にいることはできないと思った。愛奈は莉々華がいればいいと思ってる。だったら、知那がグループを抜ければ済む話だ。知那の噂が流れても、ちゃんと否定すれば受け入れてくれるクラスメートもいるだろう。

 村田というクラスメートが、知那のことを気に入ってるらしい、と噂に聞いたのはそう思っていた時だった。
 そうか、彼氏を作れば、私たちが同性愛者だという噂なんてすぐに消えるだろう、と知那は思った。
 それに、恋愛をしていれば、きっと友達との話もは弾むだろう。そう思って村田に告白した。
 結果付き合うことになったのだが――

***

「本当に運の悪いことに、その時愛奈は村田が気になってたみたいで……」

 愛奈たちの恋愛話を流して聞いていたせいもあり、愛奈の「気になる男の子」がコロコロ変わることもあり、知那はそれを理解していなかった。「同性愛」という噂は消えたが、愛奈の知那に対するあたりはどんどん強くなった。

 莉々華の告白から以後、特にみんなの反応がなかったのでそのまま知那が説明を繋げていた。
 ふと莉々華を見ると、信じられないような目でみんなを見ていた。どうしたの、と知那が問おうとすると、莉々華が震える声で聞いた。

「……私が同性愛者だって、聞こえてた?」

 そう問うと、真っ先に吉川が頷いた。

「聞こえてたよ」

「驚かないの?」

「うーん、実はね、知那ちゃんにそういう噂があるっていうのはちょっと前に聞いてたの、郁斗にも話してあった。で、さっき知那ちゃんがかばってたのを見て、もしかしてこの話は莉々華ちゃんの話だったのかなって、ちょっと予想してたところがあってね」

 知那は吉川の言葉に驚いた。吉川も郁斗も、その噂を知った上で今まで良くしてくれたのか。

「それに、もし知那ちゃんがそうだったとしたら? って自分で考えてみたんだけど、結論は変わらないなって思った。友達の恋愛がどうだって、友情は変わらない。私の結論はこれなので、大丈夫だよ、莉々華ちゃん」

 吉川の言葉に、莉々華が必死に止めようとしていたであろう涙が零れていた。

「郁斗はどう思う?」

 吉川に突然ふられて郁斗は一瞬固まった。莉々華の告白にはもちろん驚いた。驚きはしたが、嫌悪感はなどは全く生まれなかった。そう、それだけでも伝えなきゃいけない、と口を開く。

「驚いた……けど、全然拒否感はないよ。寧ろ、いっぱい悩んで大変だっただろうなって思う。俺には気持ちわかるよなんて、簡単に言えないけど……だからと言って全く想像できないわけじゃない。辛いことがあるなら、力になりたいと、思うよ」

 たどたどしくも伝わるように、と思いながらそう言うと、俯いて泣き続ける莉々華の隣にいる知那と目が合った。知那は、ありがとう、と言うように笑顔で頷く。
 もしかしたらそれは、同性じゃないからかもしれない。でも、もしこれが同性だったとしても、思い悩む人間に対して否定などしたくない、と郁斗は思う。
 知那は、大好きな親友からそう言われて、どれほど戸惑ったことだろう、と知那の対応にも思いいたる。自分なら、例えば陸にそう言われたとき、同じような対応ができただろうか。

「俺らも同じ、気持ちわかるよーとは言えないけどね」

 陸が続き、直哉が隣で頷く。
 莉々華はますます涙が止まらないようで、顔を上げられないでいる。知那がポケットからティッシュを差し出すと、頷くように受け取って涙を拭く。

「……ありがとう……本当にありがとう……」

 そう言いながら、ゆっくり顔を上げる。
 知那が「莉々華、ひどい顔ー!」と笑い、莉々華が「しょうがないじゃん!」とじゃれるように怒って見せる。
 これから莉々華がクラスでどうするかはわからないけれど、なにかあったら支えられたらいいな、と郁斗は思う。知那の、一番大切な友達。

「私からも、ありがとう。私もね、もう色々限界だったの、みんながいてくれて本当に救われてる……」

 知那が言う。そうだ、話が途中になってる。村田だ。

「そうそう、で、村田がどうしたの」

「……村田君には、悪いことしたなあって思ってるんだ」

 そう知那はまたトーンを落とし、俯くように話す。

「いいよ、あんなやつ」

 陸が隣で言い放つ。相当村田が嫌いだったようだ。その物言いに、郁斗は笑ってしまう。

「村田君は、私のことを気になっていたというのが本当だったみたいで、付き合うようにはなったんだけど……」

 当事者の知那自身が、どうしても村田に恋愛感情を抱けなかったという。目的が「同性愛者だという噂を消すため」だったので、それも仕方がないことだろうが、村田にとってはたまったものではないだろう。

「でも、そんなの、申し訳なさ過ぎて、色んなドラマとか漫画とかを参考にしてみたら、しつこいって思われちゃって。でも結果的にそれが恋愛依存子みたいに思われたみたいで、それはそれで良かったんだけどね、友達にも恋愛にも依存する女って感じで、同性愛からは離れてくれたし。でも、どうしても村田君を受け入れられなくて……」

「あ、なんとなく、その先は大丈夫」

 陸が言いにくそうにしてる知那を制した。おそらくその先は、村田が言ってたことに通じるのだろう。郁斗も正直に言うと聞きたくなかった。
 ほっとしたような顔をして、知那は続ける。

「別れることになったんだけど、愛奈はやっぱりそれも気に入らなくて」

 愛奈による嫌がらせのようなものは続いた。声を掛けてくれるクラスメートもいたが、愛奈がそのあとなにやら話してるのを見て、近づかない方が良いと判断した。知那は、それからずっとひとりでいたという。

 村田とは色々……決定的なことがあって別れたが、愛奈による嫌がらせが止まなかったのですぐに次の人に告白することにした。そうすれば、「村田だけじゃない」と愛奈に印象付けることができるかと思ったのだ。それに、別れてすぐ告白する女を、きっと受け入れる人は少ないだろうとも思った。告白はするが、付き合わないようにするにはどうしたらいいだろうと考えた。

 だから、告白して「村田と別れたばかりじゃない」と言われたときには「毎日一緒にいたいとか、常に連絡とりたいって言ったら重いって言われちゃって」と、敢えて引かれるようなことを口にしていた。結果、断られた。そして、すぐに次……そうしたらもう、そんなことを言わなくても断ってくるだろうと考えた。

 結果、思った以上に知那の噂は広がり、知那から告白しても付き合おうとする男はいなかった。ただし、「誰でもいいなら俺と」と声を掛けてくる人はいたので、それを上手く断ることにも苦悩した。大体、なんで誰にでも告白するやつが自分はダメなんだ! と自分勝手に激怒される。できるだけ怒らせないように、できるだけ相手に引かせるようにしていたら、どんどん「汐見知那」というキャラクターが独り歩きしてしまった。結果、クラスメートでも声を掛けてくれる人はいなくなった。ただ、そのおかげで「同性愛者」という噂は完全に消えていた。

「郁斗はなんだったの?」

 陸が問う。

「郁斗くんのときは……しばらくもういいかなって思ってた。もう噂もなくなったし、クラスメートや学年から変な子って見られてたし、しばらくは大丈夫かなって。でも……」

「私が悪かったの、私もそう思って、二年になって知那に声を掛けたら、愛奈が再発しちゃって……」

 莉々華が声を掛けてくれたあと、愛奈がそれを気に入らなかったのか、「そういえば、あの子ってこんなうわさがあったよね」と言い出した。

「それで、考えたの。もう色んな人に告白したり、好きでもないのに付き合ったりするのも迷惑だし、私ももう、ひとりでいるのも辛かった。寂しかった……だから、今度はちゃんと好きになれそうな人を探そうって」

 そう考えていた時に、知ったのが郁斗だった。
 いつもさりげない優しさを持って他人に接していて、それを当然だと思ってる。
 そして、「モテたい!」と言っていたのも知っていた。だったら、好きだと言っても迷惑にはならないのではないか。

「でも、郁斗くん戸惑ってたし、断られたら終わっちゃうから、逃げちゃった……」

 そこからは、どうしたら郁斗が「断らないように」関係を続けるかに苦心した。郁斗は思った以上に優しくて、郁斗の周りも優しくて、いつからか本当に、終わらないように、終わってしまわないように……と願っていた。

「郁斗くんのことは、本当に恋愛感情まで行ってたかって聞かれたら、わかんないんだけど……私にはそれより莉々華が傷つかないこと、愛奈に加害されないことのほうが大切だったのは確かだし。でも、郁斗くんたちとA組のみんなには本当に救われた……終わらせたくなって、思った」

 莉々華が、知那の孤立を気にしていたのは知っていた。告白の意図にも気づいていただろう。だからこそ、A組に友達ができたら、莉々華も安心するだろうと思った。受け入れてくれるA組のみんなに感謝しながら、甘えていた。これが自分にとっても莉々華にとっても良いことだと思った。
 だけど、そう思うほどに怖くなる、莉々華に感じていた自分の依存的な考え方。莉々華が受け入れいてくれたから良かったけど、あれを他の子が受け入れてくれるとは思えない。郁斗のことを本気で好きになってしまったら、それこそそんな自分を抑えきれないかもしれない。吉川たちと仲良くなるのは嬉しかった。でも同時に、いつ自分がまた嫌われてしまうか、距離感を間違えてしまうかと考えると、怖かった。莉々華といた時間が楽しくて、幸せすぎて、それを求めてしまうのではないかと思うと、怖かった。

「で、今日のことがあって……結局愛奈は、私が楽しそうにしてるだけで気に入らないんだってわかって……もうなにしても無駄だと思った。もう、郁斗くんたちとも、A組に行くのもやめようと思ってた。そしたら、莉々華が……」

 莉々華が、C組で愛奈たちにいい加減にしろと食って掛かったのだ。

「知那、ごめんね、全部私のせい。みんなにバレるのが、どうしても怖かった。でも決めたから。私はなにがあっても、例え全部バレても、知那と友達でいるから」

 あのとき、莉々華はクラスで全部言うつもりだったのだ。止められて良かった、と知那は思う。これからどうなるかはわからないけど、隠したいと思ってることを自分から言う必要はないと知那は思う。だけど、全部自分が背負えばいいと思っていた、その気持ちが莉々華にとっては辛かったのかもしれない、と改めて思う。



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