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モテたい彼と依存する彼女 第6話
1話目はこちらから(下部に全ページリンクあり、全11話です)
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吉川に話を聞いたあと、吉川の知那に対する態度が変わった。
相変わらず教室へ遊びに来る知那に対して歓迎していたが、もうひとつ踏み込むようになったように見えた。
それがはっきりわかったのは、知那の噂を聞いた3日後のことだった。
「知那ちゃん! 私今日部活なくて放課後みんなで遊びに行こうって話してたの、知那ちゃんも行かない?」
「えっ……」
教室に入るやいなや、吉川が知那を見つけて遊びに誘う。それを聞いて、知那は驚いたように固まってしまった。
「私、も? いいの……?」
吉川だけじゃなく、吉川と一緒に遊びに行くであろう周りの顔色を窺うように、知那はみんなの顔を恐る恐る見回す。
「もちろん、知那ちゃん来たら誘ってみようってもう話してたからね」
「いこーよー! っていうか連絡先交換しよ。場所とかあとで連絡するよ」
吉川の周りにいた三人の女子たちが、スマホを出して知那を見る。
郁斗は少し離れたところで、その様子を見ていた。
「あっでも郁斗たちは誘ってないんだ、それでもいい?」
「おいっ寧ろ俺らも誘えや」
その声に直哉が間髪入れずに反応する。
「今日は女子会だからだめー。今度ねー」
吉川とその周りの子たちが楽しそうに笑う。最初から郁斗たちを誘う気なんかないらしい。
郁斗は寧ろ、知那にとってはそのほうがいいのではないかと思う。
もういっそ、このクラスになれたらいいのに。
「えっちょっと知那ちゃん! どうしたの?」
吉川の慌てた声が聞こえて、郁斗も驚いてそちらを見る。
「ごめ……違うの……ごめんね、嬉しくて」
見ると知那は俯いて、泣き出してるようだった。郁斗のところから表情は見えなかったが、必死に涙をぬぐおうと顔を何度も手でこすっているのが見える。
「私……知ってるかもしれないけど、クラスでちょっと……上手く行ってなくて。だから、このクラスに遊びに来るの楽しくて……でもやっぱり、迷惑かもって思っちゃってたから……」
「迷惑じゃないよ! もうクラスメートみたいなもんじゃん。寧ろクラス替えてくれたらいいのにね」
吉川が知那の言葉をきっぱりと否定する。それに乗って、周りも「そうだよー」「ほんとだよね!」「勝手に決められるからねー」とそれぞれ同意していた。
それに対して知那の涙は止まるどころか一層溢れたようで、必死に涙をぬぐう。
誰かが「ちょっと誰か箱ティッシュ持ってない?」と言って、輪から外れて後ろの方にいたクラスメートが「あるよー!」と箱ティッシュ回されて行った。知那のもとで「好きなだけ使って!」と差し出され、知那は笑いながら「ありがとう」とティッシュを数枚手に取って涙を拭く。
「じゃ、今日は一緒に遊ぼ? いいよね?」
ティッシュで涙を拭く知那を覗き込むように吉川が聞き、知那が「ありがとう」と言いながら頷いた。
そしてさっき止まっていた「連絡先交換」が始まった。
郁斗はその様子をずっと見ていたところ吉川と目が合ったので「ありがと」と手と口パクで伝えると、吉川から「か・れ・し・か!」と口パクで返された。
一緒に見ていた陸がまったりと「良かったねぇ」と呟いた。
気分は彼氏というより、妹を守る兄に近いような気がしていた。
知那はそうして郁斗のクラスメートとどんどん仲良くなっていった。外で遊んだ日も相当楽しかったようで、翌日クラスに来て一緒に遊んだ吉川たちとその日のことを楽しそうに話していた。
もう、知那は当初の目的を忘れているのではないか、と郁斗は思う。当初の目的……郁斗とお菓子を交換すること、だ。
「知那ちゃん、郁斗離れしちゃったねぇ」
陸が楽しそうに笑う知那を見ながらつぶやく。
「うん、まあ、でも楽しそうだからいいんじゃないかな」
吉川から知那の噂を聞いてから特に、知那が友達と一緒にいるのを見るのは心底嬉しい、と思う。
「郁斗は毎日準備してるのにね」
そう言って陸は郁斗が持って来たおかしを食べる。
「いや、これは、別に……」
またそういうことがあったらすぐに渡せるように持ってきてるだけで、別に深い意味はない。どうせ郁斗自身もそうだし、持っていたら誰かが食べるのだから。
「俺、汐見さんは悪い子じゃないと思うし、郁斗が好きならいいと思ってるけど、郁斗を利用しただけならどうかと思う」
陸が不機嫌そうに言う。
それは郁斗自身も、薄々感じていたことだった。
吉川から知那の「噂」を聞いてからは、特に感じていた。郁斗だけじゃなく、もしかしたら最初の村田も、そのあとの告白してきた男たちも、知那は「噂」を消すためにしたことじゃないか、と。
今は、このクラスに友達を作るため? 本当にそうだろうか。
知那の涙や笑顔を見ると、そこまで強かに計画を立ててやれるほど、器用な子には見えなかった。
「そんなことはない、と、思うけど……」
少なくとも、陸が思うような「利用」ではないだろうと思う。
でも実際、吉川と仲良くなってから知那と郁斗は軽く挨拶と世間話をする程度で、ほとんど会話をしていなかった。
郁斗は、前から思っていたが今では全く知那から恋愛感情を抱かれているとは思っていない。
「あの約束はいつまで有効なんだろうね」
そうは言っても、郁斗から問いただすのはなにか違うような気がしていた。
***
事件が起きたのは、そんな風に知那が郁斗のクラスと仲良くなっていた頃だった。
季節は春を過ぎて夏になろうとしていた。それに伴い、体育は外で体育先の競技を練習として行うことも多くなり、郁斗はその日四時間目の体育の授業が終わって片づけを運悪く先生に頼まれ、陸とともに使用したハードルを片付けていたときだった。
外の体育倉庫にハードルを片付け終えたとき、校舎裏から声が聞こえた。そこではしっかりとは聞こえなかったが、『知那』という名前が耳に入ってきた。陸と目が合い、陸もその単語を拾ったのがわかった。頷き合って、そっとその声に近づく。体育倉庫の壁に張り付いて、耳を澄ます。
知那が女子四人に囲まれていた。ドラマや漫画でよく見るシーンのようだった。
「A組に友達作って楽しそうだね? ほんと目障り」
悪意をたっぷり含ませて、いかに心を抉るかを試してるような、そんな言葉だった。
「もう色んな男に告るのやめたの? あんたほんと、なにがしたいの?」
「そんなA組がいいならC組から出てけばいいのに!」
知那は四人に囲まれて、黙って顔を伏せている。
「A組の子たちあんたの噂知らないのかな、教えてあげようかなー」
「私A組に友達いるし、言ってみよ」
「そうしなそうしな!」
きゃはは! と、ひどく耳障りな笑い声が響く。
「やめてよ!」
知那が声を上げる。
「はぁ? ずっと黙ってたくせに、それは嫌なんだ? そっかあいいこと聞いちゃった」
「ねぇ莉々華。莉々華が一番迷惑だったのにね?」
莉々華と呼ばれる子が三人に目を向けられる。そういえばその子は、一歩下がって一つも言葉を発していなかった。
「莉々華……」
知那の弱々しい声が聞こえる。
「どうする、郁斗」
「止めに行く」
「だよね、じゃ、俺が声かけるよ」
そう言って陸が体育倉庫の壁から離れ、走り出す。
「汐見さーん! 吉川が探してたよー」
なにも聞いてないような普通の口調で陸は知那に声を掛ける。
一斉に全員が陸を振り向いた。
「陸くん……」
「ほら、行こ! なんかちょっと急ぎみたいだったから」
陸は強引に知那を囲んでる四人をかき分けて知那の手首を取る。
「えっちょっと! なんなの?」
かき分けられた三人はあまりに強引で、完全に無視されてることに苛立ちを見せる。
郁斗は振り返った三人の中に、見知った顔を見つける。松野 愛奈という、同じ中学で、郁斗ずっと女の子扱いしてきた一人だった。気が強く、クラスの中心的な存在だったのを思い出す。
「しおみさ……」
「おーい、郁斗、陸! なにやってんだー?」
陸に続いて郁斗も声を掛けようとしたとき、後ろから直哉の声が聞こえた。
純粋に戻ってこない郁斗と陸を探しに来たようだった。
「あれ、汐見さんもいる」
女子四人に囲まれて知那の手を取る陸と、それに声を掛けようとした郁斗の図。全員が一斉に直哉を見た。
直哉にはさっぱり状況が理解できていないようでキョトンとした顔をしている。そして同時に知那と知那を囲んだ女子たちに郁斗の存在も目に入ったようだった。
「郁斗くんも……」
「あんたらなんなの⁉ 今は知那とうちらが話してるんじゃん、入ってこないでよ!」
そう言ったのは、松野 愛奈だった。
「松野、なにやってんだよお前……」
「え、あっ! 郁斗じゃん。そうだ、知那は郁斗に告ったんだっけ。うける」
「なに、愛奈知り合い?」
「中学のクラスメート。中学の時はちっちゃくてさ、女の子みたいだったんだよ。郁ちゃんって呼ばれててさ」
そうだった、愛奈はもとからこういう嫌味ないい方を好んでいた。だけど中学では事を荒立てるようなことはなく、みんな何も言わずに我慢していた。郁斗も、愛奈は苦手だった。だから、郁ちゃんと呼ばれることにも黙って笑って受け流していたのだ。
その愛奈が、知那を……先ほどの悪意の塊のような言葉を思い出すと怒りがこみあげて来た。
「おまえいい加減にしろよ」
「えっなに、郁ちゃんこわーい。もしかして知那のこと好きなの? 色んな男に告ってるだけなのに、真に受けちゃったとか?」
愛奈がおどけて笑う。郁斗は湧き上がる感情をどうしていいかわからずにいた。冷静になれ、と頭で繰り返す。その代わり、言葉は出てこなかった。
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