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モテたい彼と依存する彼女 第7話

1話目はこちらから(下部に全ページリンクあり、全11話です)
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「おまえうるさい」

 そんな郁斗の代わりに、陸が静かに、でもものを言わせない声で言う。
 愛奈も周りも、謎の迫力を感じたのか一瞬怯んで口をつぐむ。
 陸は理論を抜きに人を黙らせる天才だと、郁斗は思う。
 事態を察した直哉が加勢する。

「あのさあ、前にも誰かに言った気がするけど、汐見さんってもう俺らの友達のなんだよね、郁斗もちろんだけど、友達バカにされたら俺らは怒るよ?」

 直哉の煽りは逆効果だったようで、愛奈は再び勢いを取り戻した。

「はあ? なんなの。怒るって何するの? 殴りでもする? してみろよほら!」

 愛奈は逆に直哉を煽ってくる。直哉は、ちょっと口は悪いけど、人を殴れるような奴じゃない。それを見越してるのだろう。そしてそれは、悔しいけれど当たっている。いくら男が女より力があるからと言って、暴力や力でねじ伏せることをしなければ、それは強みにはならない。もちろん、郁斗も陸もそうであるとわかってて愛奈は煽っている。その通りだ。
 そう切り返されて「うむむ……」と馬鹿正直に困った表情をしてる直哉に、郁斗もこの場をどうするべきか考える。愛奈を口で責めることはできても、きっと通じないだろう。寧ろヒートアップするだけだ。

「うるさいって言ってんの。あのね、さっきまで俺と郁斗、あっちであんたらが汐見さんにしてたの撮影してたんだよね。声も入ってる。これ、どう見てもいじめの証拠なんだけど、内心とか推薦とか大丈夫? 今結構そういうの厳しいよ?」

 そういって陸がスマホをかかげて見せる。

「はあ⁉ なにやってんだよ、盗撮だろそれ、消せよ!」

「消すわけないじゃん。さっさと去れよ」

 慌てて陸のスマホを奪おうとする愛奈から届かないように陸はスマホ持って手を伸ばし、目いっぱい上に掲げる。
 陸は175センチはある。その陸が精いっぱい上に伸ばしたら、160センチないくらいの愛奈どう頑張っても届かない。

「ほんとは撮ってないんだろ」

「さあ、どうだろうね。それに賭けてみる? 汐見さんにも郁斗にもなにもしないならこっちもなにもしないよ」

 陸は顔色一つ変えずに淡々と答える。

「愛奈、やばいよ、もう行こうよ」

「私たちもうしないから!」 

 悔しそうな愛奈を余所目に、周りのほうが先に折れた。
 愛奈の周りで知那に暴言を吐いていた二人が、半ば無理やり愛奈を引っ張って行く。

「汐見さん、大丈夫?」

 直哉が取り残された知那に声を掛ける。

「……ありがとう……」

 お礼を言う知那は、明らかに落ち込んでいた。当然だろう。

「莉々華……」

 知那はまっすぐ前を見て名前を呼ぶ。そこには一人、愛奈について行かなかった子が残っていた。
 郁斗も気づいてその子を見る。

「あっ……」

 その子には見覚えがあった。陸も隣で、「あの時の子だね」と頷いていた。
 いつか、村田が教室に乗り込んできた日。村田が捨て台詞を残して出て行った後、郁斗たちを見ていた、長いストレートの髪が目を引く、美人な女の子。目が合うとぺこりと一礼して去っていった。
 莉々華と呼ばれたその子は、痛ましい表情をして何も言わずに佇んでいた。

「莉々華、行きなよ。私は大丈夫だから」

「……知那……ごめんね……私……」

「大丈夫だから! 郁斗くんたちがいるから!」

 それは知那の印象とは違う、強くて激しいいい方だった。早く行け、と。
 莉々華は、それを聞いてぐっと一度強く目をつぶり、愛奈たちが去って行ったほうに走って行った。

「陸、動画ってほんとなのかよ」

「嘘だよ」

「マジか、だと思ったけど!」

「ほんとに撮っとけばよかったな」

 直哉と陸が会話してるところを余所目に、郁斗は呆然としてる知那が気になって仕方がなかった。
 その知那は、莉々華が去って行った方をじっと眺めてみた。

「汐見さん、大丈夫?」

 そう声を掛けると、はっとしたように振り返る。

「ごめんね、本当にありがとう。恥ずかしいな、変なところ見られちゃった」

 一生懸命笑顔を作ろうとする知那が、痛々しかった。

「いつもこんなことされてるの……?」

「ううん、さすがにこんなのははじめてで……びっくりしちゃった」

 吉川に遊びに誘われて嬉しくて泣いていた知那は、この状況で弱々しい笑顔を見せる。
 いくら笑顔を見せていても、語尾が震えていた。泣くのを我慢してるのだろう。

「汐見さん、昼休みだし、ちょっと休んでいけば? またどっかで一緒にお昼食べようよ」

 陸が知那に声を掛ける。陸の『落ち着くまで一緒にいるよ』という優しい言葉だった。

 結局また、人がいないところがいいよねということで、屋上に続く階段に向かった。今日は直哉も一緒だった。郁斗たちはそれぞれ教室に戻ってそれぞれお昼ご飯を取ってきたが、階段で落ち合った時知那は何も持っていなかった。教室にも戻っていなさそうだった。手に持ってるのはペットボトルの紅茶だけ。

「汐見さん、お昼は?」

「ちょっと食欲ないから……」

 そんな知那を見て直哉が「先食べてて」と言って戻って行った。

「あの、ごめんね、本当に……ありがとう」

 改めてお礼を言う知那。だけど声はか細く、消えてしまいそうだった。

「汐見さん、ありがとうはもらっておく。でもごめんねはどういうこと?」

「ちょ、陸」

 陸がちょっと冷たい言い方をして、郁斗は驚く。でも陸はじっと知那を見つめていた。

「汐見さんはさ、俺らに言ってないことあるでしょ」

「……」

 知那は黙って俯いている。
 陸には、吉川から聞いた噂の話はしていなかった。信用していなわけではないが、確信もないただの噂を口にするのは憚られた、というもあるが、陸の知那への心証を悪くるするのが嫌だった。
 噂を知らないはずの陸は、いったいなにを想像しているのだろう。

「ごめんなさい、言えない……いっぱいよくしてもらってるのに、ごめんなさい……」

 たっぷりあった沈黙の末、絞り出すように知那は応えた。
 それを聞いた陸は、ふう、と大きくため息をつく。それをみて、知那はもう一度「ごめんなさい」と言う。

「わかった、じゃあ質問を変える。汐見さんが今してることは、汐見さんのため? それとも、別の誰かのため? 俺は、郁斗を自分勝手な理由で利用してるなら汐見さんを許さないよ」

 郁斗には陸の言ってる意味が分からなかったが、知那は何かを察したように目を見張って陸を見た。

「さっきの子?」

 続けて問う陸に、またしばらく沈黙したあと、知那は観念したようにゆっくりと頷いた。

「ごめんなさい、それ以上は言えない……お願い、聞かないで……」



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