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たのしいって何だ?

剣道をのんびりゆるゆる17年。
いつも男性剣士の中に混じり、剣道も心も果てしなく未熟な私は常に自分をよいしょと奮い立たせて、大きな相手にぶつかっていく怖さとじりじり戦いながら、当たるか当たらないか一か八かで竹刀をえいやーと振っている。肩の力を抜け、緩やかに構えろ、しなやかに振れ、緩急をつけて、判断も振りも遅い、、と17年も言われ続けてそれらが出来ないまま週に1回程度の稽古で、じたばたしながら18年目の春を迎えてしまった。

「ねえ、地区の女子稽古会があったら参加したい?」と、道場の女の子たちに聞いてみた。「したい、絶対に参加する!いつも試合でしか女子と剣道できないから。しかも顔見知りの女子ばっかり」と彼女たちは、女子会ランチのお招きを受けたかのように喜んだ。

「ねえ、女子稽古会、やってみない?」と
他支部で稽古をしている同年代の剣友に聞いてみると、「うん、いいねえ、ただし簡単じゃないからね」と、予想通りの返事だ。アドリブで事を進める私と、段取りをきっちり固める剣友は、大人になって知り合えた絶妙なコンビだ。

「女子稽古会をやってみたいのですが」と、剣風も審判員の所作もかっこいい憧れの六段先生に声を掛けると、「もう何年も前からそんな夢を語り合っていたけれど、いよいよ実現するなら、何でもするわよ」とおおらかで頼もしい。七段になられた先生にも声をかけてくださって、新たなご縁が繋がった。

私たちの地区では女性剣士はとても少ない。それぞれがいつも自分の道場で男性や子どもたちと稽古をしていて、女性同士で稽古をする機会は年に数回だ。だから審査の立ち合いで同年代の同段位の女性と当たると、経験が少ないからすごく緊張すると、経験や段位は違えど私たちは口を揃える。

自分の年齢を考えると、あと何年稽古が出来るかわからないから、そろそろ本気で行動に移そう、ということになって、私は地区の会長八段先生にお話をさせていただいた。静岡で開催された女子剣道指導法講習会に参加したことで、多くの学びや気づきがあったので、この地区では初めてになる女子稽古会を実施したいと申し上げると、「それはいいね、ぜひやってください」と肩を叩いてくださった。
(見た?ねえ見た?私の左肩、叩かれました、オッケー出ました!)とジェスチャーと口パクで、私の様子を見守っていた剣友に伝えると、剣友はマスクをずらしてニカッとした。

てなわけで、会長先生から許可を貰って、中学校の体育館をお借りして、剣友とバーミヤンでランチを食べながら気づいたらディナーメニューになってしまうという6時間をかけて企画書を作って、六段先生、七段先生には居酒屋で企画書を見ていただいて、剣道談義に話が行ったり来たりしながら、結果4時間かけてタイムスケジュールも作成して、理事会に提出して受理されて、いよいよ女子稽古会の準備を始めて良いと許可をいただいた。今回は初めてのことなので不馴れな点があっては申し訳ないし、女性の指導者が経験を積む機会にしたいから、と男性の先生方のご参加は丁寧にお断りした。

起承転結、ここでドラマは少し動く。企画書を提出するために出席した理事会終了後の廊下で、たぶんきっと絶対に私を待ち伏せていた長身のクールな先生が156cmの私を見下ろす。「県の女子稽古会に皆で参加するのではダメなのか?あなたは八段先生を締め出すのか?」と稽古のときのように、かなり上からドカンと衝撃が落ちてくる。で、稽古のときみたいに私はうまく応じられなくて、「へ?は?ほ?」っと、しどろもどろで首をブンブン横に振る。「まあ、やるって決まったからやるんでしょうけれどね」と、強烈な捨て台詞をくらって撃沈の試合終了。廊下の電灯はパチンと消された。

会長先生は大会の準備の際に、準備に段位は関係ないと私たちと一緒に長机や椅子を運んじゃったり、宴席では私はお酒をついでもらうことが多いから、連盟にいつも協力してくれるあなたたちにはお酒をつぎたいのだとおっしゃる方で、「女子稽古会、私は行かなくていいの?挨拶いるならするよ」といつだってとてもお優しい。が、六段先生、七段先生からは、「とにかく会長先生は今回はご遠慮いただくこと、そうでないと私らが元立ちに立ちづらい」と板挟みの私は、今回の参加は少人数になりそうだし、初回ということで不馴れなことが露見しちゃうし、実は話が長いと体育館利用時間が足りなくなるし、「偉い方々には、ご遠慮願おう絶対に!」と意思の固い女性指導者の意見を尊重することにした。
結局、会長先生は女子稽古会の日に、地方への剣道のお仕事が入ったため、「私が忙しくて、稽古会には行けなくて悪いねえ」と、なんとなくうまいこと納まった。

女子稽古会直前の理事会で、件の長身の理事先生が、「いよいよ女子稽古会が行われるらしいが、楽しいだけではだめなんだ、運営する側はそこがわかっているのだろうか」とおっしゃって、場が静まったと人伝に聞いた。いやいや、楽しきゃいいじゃんか、といつもの私なら笑い飛ばしていたと思う。が、今回は運営する側であるので、これはちょっと笑い飛ばしている場合ではないと真面目スイッチが入った。

息子たちが剣道を辞めても、私が続けてこられたのは、道場の女の子たちのおかげだ。彼女たちは幼い頃から私を慕ってくれていて、それは指導者としてではなく、仲間としてのものだ。
私はこんな風に教わったけれど、せんせーはどう思う?とか、新しい技を試したいからあとで稽古してとお願いをされたり、剣道形の小太刀も覚えてくれると私の相手になれるじゃんと頼めば、ちゃんと期待に応えてくれたりもする。
試験や部活や受験で道場の稽古から離れても、また必ず稽古に行くから待っていてと彼女たちと約束したから、私は今日まで続けられている。
女子稽古会によって、そんな彼女たちの剣道の世界がもっと広がったらいい、という願いが私を動かしたのだから、楽しいだけではだめだ、と私は深夜のベランダで静かに木刀を振った。私は行き詰まると、ベランダで静かに素振りをする。ゆっくり大きく夜空を斬る。そうしたら夜空の裂け目から、楽しいとは何かが降ってきた。打って反省、打たれて感謝、見上げてごらん、夜の星を、だ。

当日は、同年代の男性の先生方に警備をお願いした。参加者は30名。当初の予定より10名ほど多くてテンションが上がる。第1回女子稽古会の開会式の開会挨拶は、司会進行役の私だ。

「今日の稽古会は、安全に、正しく、楽しく行いましょう。今日の楽しいっていうのは、はしゃいだり浮かれたりってことではなく、そこに気づきがあったり、閃きがあったり、共感があったり、希望があることを楽しいとしたいです」

防具をつけていないママさん剣士、初心者ママさん、小学生女児、中学生女子たちと3名の男子、高校生女子たち、元立ちには四、五、六、七段の5名の、総勢30名のお顔を一人ずつ確認しながら挨拶をして私はマイクを置いた。

構えや足さばき、竹刀の持ち方、所作、素振り、基本稽古にたっぷりと時間をかけて、休憩中は水筒を持って座談会。「稽古していてつらいことない?」と投げ掛けると、「打たれて痛い、つらいです」と中学生が発言した。七段先生が「そう、痛いんだよね、痛いの、ここだけの話、上手でない人の打ちは痛いのよ、何人か顔が浮かんだんじゃない?」と笑う。みんなも、笑う。「だけどね、痛いなあって思っても素知らぬ顔で、力の弱いこちらが打ち返して決まると、気持ちいいんだよね」と六段先生が竹刀をブンと振ると、みんなは頷く。「ねえ、見てこんなアザ出来たって私たちは見せびらかしっこするよね、慰めあうのよ、誰かに聞いてほしいの、大人なのに」と私と剣友が腕をまくると、みんなは隣に座る友だちの顔を見る。
女子は絶対に休憩中も解散後もおしゃべりしたいんだから、だったら休憩時間は全体で座談会にして仲良くなって、後半の地稽古に繋げようという作戦はうまくいった。初心者の男子部員が前のめりになって話を聞いていたし。
「休憩後の地稽古は、全員で回るからね、2分で10本。私が大丈夫かなあ」と七段先生がおどけるから、みんなが「大丈夫です!」とほころぶ。

様々な場面で女性剣士ならではの思いが見えた。参加者が輪になって素朴な意見を表現する場があったのは、あなたたちらしい配慮でよかったし、所作についての細やかな指導はとても参考になったと警備の男性陣からはお褒めの言葉をいただいた。

六段先生と七段先生は、「私たちは日頃子どもと稽古をしないから、貴重な経験になった。剣道を人に教えることは難しいけれど、みんなで考えるって素晴らしいね」と振り返っていらした。「これをきっかけに、私たちはもっと剣道を学ばなければいけないね、大人を集めて女子剣道研究会をやりましょう」と、タイトルだけでもうっとりしてしまう素敵な提案をしたくださった。
剣友と私は、「元立ちに未熟な私たちが立つことで、子どもたちはリラックス出来たなら、私たちの存在は意味があったんだぜ」と自画自賛だ。

第2回はどのような形でいつ出来るかわからないけれど、女子更衣室から「超楽しかったーっ!」「気持ちよかったーっ!」「剣道女子最高ーっ!」と絶叫に近い声が響いていたのが何より幸せだった。
道場の女子たちは、「中学生にアドバイスしちゃった」「女性の七段先生と稽古したの、初めてだった」「私も四段目指して、先生たちと運営したいな」「基本的なことなのに知らないことあったし」「美しく剣道をしよう!がすごく心に残ったの」「女の先生って、私も全然うまくできないからこうやって取り組んでるって言ってヒントをくれるところがわかりやすい」と、帰り道も元気いっぱいだ。

数日後、第1回女子稽古会の報告書を提出するために、私は理事会に伺った。各方面へのお礼文、企画書、タイムスケジュール、撮影についてのお願い、学校施設利用の注意、参加者リスト、参加者の感想などすべてをじっくり確認された会長先生が「よくやったね、うん、驚いた、大したものだ」と何度も頷いてくださると、長身の先生が「第2回はいつやるの?ぜひ続けてくださいね」と微笑まれたので、私は背筋を伸ばして胸を張る。そこに、希望が見えたから。

水分補給の休憩は輪になって座談会