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私と素振りと燦々と

#全国素振り稽古会

令和2年の3月、新型ウィルス感染防止のために私が通う剣道の稽古は自粛となり、私は竹刀を振る機会を失った。そして出会ったのがYouTubeで配信する号令先生だ。彼は自宅の部屋から素振りの号令を掛ける。室内で剣道着と防具を装着して、竹刀を振る。私が剣道を続けるためにはここしかないと思わせてくれる、真摯な姿と柔らかな笑顔と、キレのある素振りに、私はすぐに引き込まれた。

素振り配信を視聴する人が増え、号令先生の熱い思いで開催されたのが、軽跳躍の素振りの大会だ。参加者は50本の軽跳躍素振り、プラス1分間の自分の振れる限りの軽跳躍素振りの動画を号令先生に送る。採点されて大会当日はランキング発表が、YouTubeで配信される。入賞した子どもたちの可愛らしく頼もしい素振り、大人の豪快で美しい素振りは、見ていて感動したり、微笑んだり、素振りってこんなに楽しかったかしらと初めて気づいた。

第2回エンドレス軽跳躍世界大会 https://youtu.be/wqfylLwzWZ
第1回エンドレス軽跳躍世界大会https://youtu.be/2yAa7lMALEs

実は私は、第3回エンドレス軽跳躍世界大会にエントリーしようと計画していた。昭和の香りが充満するスナックカサブランカをロケ地にして、私の後ろでカウンターに立つママさんには、プラス1分間を計る時計係をお願いして、さりげなく素振りの動画に写りこんでもらおうと企んだのだ。号令先生の素振り稽古会のチャットやツイッターの中で、私は「スナックさくらんぼのママ」という役割を頂いていた。ちょっとした会話のノリとタイミングで、仮想空間スナックさくらんぼが出来上がって、私はそこのママになった。

だから悪乗りして、スナックカサブランカをスナックさくらんぼに仕立てて、動画撮影はノリのいい常連の衣料品店の店長にお願いしよう、いつも剣道を応援してくれていたママさんに見守られながら、大真面目に素振りをするぞと勝手に決めて、カサブランカのママさんの好きなきんつばを持って、ものすごく久しぶりにお店を訪ねたのは11月だった。馴染みのお店の入り口には、ママさんの綺麗な文字の、閉店のお知らせの貼り紙があった。夜の街で輝いていたスナックカサブランカとママさんが、消えた。お世話になった方々への感謝とお別れのメッセージの最後の一行は、ママがいつも歌っていた愛燦燦の歌詞だった。「人生って不思議なものですね」


スナックさくらんぼの開店の瞬間については
こちらチャットでご覧頂けます。
https://youtu.be/fpXC-hGHYls

#心でつながる正面打ち

ツイッターでご縁が繋がったあやめ先生はいつも絶妙なタイミングで幸せなサプライズを届けてくれる。素振りの本数を記録する素振りカレンダーも、あやめ先生の可愛いイラストバッジも、稽古が出来ないことでたまったストレスや日々の不安が吹き出物みたいに私の顔に現れたときに、届くのだ。あやめ先生の素振りカレンダーも剣道の教科書も、とにかく目の付け所が素晴らしいので、ご存じでない剣道愛好家は検索して頂きたいし、ご存じでないなら勿体無い、早く知ってちょうだい。

10月に稽古が再開するも、緊急非常事態宣言により再び稽古は自粛となった。すると揺るがない思いと鮮やかな瞬発力のあやめ先生から発信されたのは、#心をつなぐ正面打ちだった。正面打ちの動画をSNSでタグ付けすることで、素振りのバトンを繋げていこうというものだ。チャレンジが始まると、素振り稽古会でご縁が繋がった「きくぞう先生」と「はゆゆさん」から私にバトンが送られた。おふたりの思いを次に繋げたくて、私は休日に動画を撮影するために海岸に向かった。剣道で繋がった方々にありがとうの気持ちを伝えるのに、自然の力を借りることにしたのだ。朝から曇天で晴れていたら富士山も見えるはずの海岸には、数名のサーファーと、ウェディングドレスとタキシードの新郎新婦と撮影スタッフの姿があった。私と撮影係の夫は、寿撮影隊から離れた場所を選んで、竹刀袋から竹刀を取り出して地味に静かに準備を始めた。夫は剣道の経験はないが、私が1本だけ正面素振りをすること、3、2、1、GOで撮影開始にして欲しいことを説明すると、「構えたところから行きまーす」と波と平行に立つのではなく、背景に江の島が写ること、海の彼方に向かって竹刀を振ることを私に指示した。竹刀を持った私が海に向かって深呼吸すると、雲間から陽が射し始めた。私たちが「おおっ!」と声をあげた遠くの方で、新郎新婦の歓喜の声がした。光の方に、感謝と祈りを込めて竹刀を振る。海に向かって竹刀を振るのは、とても清々しい。そして、自分が小さな命であることを思い知らされる。海と空に全て見透かされている。自然に抗うことのできない緊張と波音に癒されるリラックスの配分が絶妙だ。

ドレスの裾とブーケが燦々と光に揺れる寿撮影隊は、まだ撮影が続いていた。撮影を終えたニット帽とダウンとブーツのもっさりしたこちらの夫婦は、今年の6月に結婚30周年を迎える。一言二言のやりとりで、夫が妻の素振りの撮影をする。まさか、私が大人になって剣道を始めるとは思わなかったし、息子たちと稽古に通い始めた当初は、夫は私の剣道について口出しはしない、だから応援も反対もしないというスタンスを貫いていた。剣道未経験の夫は息子たちを伴って稽古に行く私が羨ましかったのではなかろうかと思うのだが、いつの間にか頑なな態度は消えていたし、今日の撮影は七里ヶ浜にしようと決めたのは夫だ。ああ、人生って不思議なものですね。

#心をつなぐ正面打ちhttps://youtu.be/C_lqZ97QuTg