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「変身!」(クロコライダーズ!⑥)

ポップス大作戦#6


              こい瀬 伊音

 レッドっていえば真ん中でいちばん強いやつだと決まってる。ヒーローの中のヒーロー。強いサッカーチームのユニフォームの色、速い車の色。真っ直ぐで真っ当で真っ向勝負。さわやかで人気者のやつにしかにあわない。
 それは、おれからは遠い世界の色だった。
 短い夏休みの四日目、暇で死にそうになって玄関をでた。粘りつく西日がまぶしくて、目を細めて歩く。こういうときのためにサングラスってあんじゃねえの?そうは思うけど、雑貨屋で買って以来つけて出掛けたことはない。友達とわあわあやってた熱が覚めて、部屋にかえってつけてみたらカッコつけてんの丸出しでとことん冴えないやつが鏡に映ったから。
 無目的で歩いてるやつは歩幅でわかる。足を交互にけりだすスピードでわかる。黒いマスクで顔を隠して、目的がないことも丸ばれで。目的ある正しい通行人からしたら、おれは犯罪者予備軍に映るかもしれない。
「ん?」
 つぶれた映画館の入口。重いガラス扉の向こう側が赤で塗りつぶされている。おかしいな、このまえまで、さえないコンクリート色じゃなかったか?なんで目の前が、情熱的な、燃えるような、ラテン音楽が愛と呼ぶような、暴力的な、赤の世界なんだ。
 吸い込まれるように扉をおすと、西日も追いかけてきた。三角定規の鋭角が足の爪で反射する。
 サンダルからのぞくピンクの親指、くるぶし、白いふくらはぎ、揺れるスカートの裾。マドラスチェックの布に胸。
 学校では夏でも長袖のシャツを着ている百田さんが、肩の先から二の腕をさらしている。しろくて、細いのにまるくて。
 百田さんはドアを閉めるなり大きなため息をついた。胸が、かすかに震える。
「どうして、ここにいるの?」
 どうしてって。ただ好奇心で、扉を開いてみただけだ。
「助けて、くれるの?」
「たすけてって、なに?百田さん」
「クロコダイル・ブラッドを、取り返さなきゃなの」
 クロコダイル、ブラッド?
 耳慣れない言葉に戸惑うおれを見透かすように、機械音みたいな説明が続く。
「それは、ジュラ期に滅びた伝説のワニの血なの。強力な免疫機構があって、どんなに大ケガをしてもどんな病気でも、血液中の抗体が殺菌してくれる、特別なものなの」
 ちょっと百田さん、まじかわいいけど何言ってるのか設定がよく飲み込めないっす。
「ねえ、バイクに乗れる?取り返さなきゃ!助けて」
 ぷるん、と胸がバウンドする。それも時間差で。
 うわ、選択肢はふたつ。
 ▲助ける
 △やめる
 キケン、キケン、手を出したら危険。
 だけど、夏休みはまだ四日目だ。
 おれはひまで死にそうだ。バイクならゲーセンで、めちゃんこ鍛えてある。そして、何にでも打ち勝てるブラッドがほしい。いや、百田さんの笑顔とかありがとうとか、もっと言うならその…やわらかそうなやつとか。
「助ける」にカーソルを合わせてみると、目の前がぐるぐる回った。
 なんだよ、おれの身体が、赤で埋め尽くされていく。

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