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ばいばい ばいばい

#古賀コン5  

 肉を切らせて骨を断つのって言ってたセンパイが泣いてる。その話を聞いたときから、切らせる肉はやたらリアルなのに断つはずの骨がなんだかふわっとしていて(骨やのに。ぼやっとしようもないのに)ゆうたらセンパイはいっつも肉を切り売りしてばっかりで、ほんまはいっこも骨には触れてへんのんちゃうん?
 思ってたけど口にはできひんかって、それはその、センパイにも立つ瀬やら面子やらあるかもしれんからで、年下からはまあよういえんかった、ら、血だらけが痛々しい。
「うわあああーん」
 切らせた肉の断面からいろいろが滴る。
 あんなあ、うちら、ステーキ肉かなんかなん? 傷口に塩やないけどそれでもさいごには、ちゃんと血が出ること確認しんことには、のっぴきならないことになるからね、その血はちゃんと、歓迎、悲しいけどそれは現実。
「あれ読んで、あれ」
 はいはい。世話の焼けるセンパイやわ。うちはごそごそと赤い表紙の本を開く。何個か前の失恋の時、センパイが発見? して痛く感じ入ってた文言な。これ、こんなときにも特効薬なん、有能すぎん?
「親鸞は弟子いちにんも持たずそうろう、そのゆえはわが計らいにて」
「あー、そこはええから」
 しゃあないなあ。すこし飛ばす。
「つくべき縁あれば伴い、離るべき縁あれば離るることのあるをも、『師を背きて人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなり』なんどいうこと不可説なり」
「そうやんな、そうやんな、離るべき縁やってんな、すがってもしゃあないやんな」
 うん、ま、そやけど、センパイ肉切らせる修行してたんやん、そもそも肉簡単に切らせんかったらええんちゃうん。どなして切ってやろうか、がっつり食べてやろうか、真心の前にそんなくだらんことばっか考える奴しかおらんのん? センパイかって肉のチラ見せのまえにもっと押さえるとこあるやろ。骨はどこなん、それキモやん。そんなん、どうしたらええんかは知らんけど。ほんまわからんけど。
 泣いて泣いて、肉はいったん塩漬け、とはならんのがセンパイで、さすがにドリップ1回分の確認くらいは、それもたまたま次の出会いまで間があけばってかんじでつくべきかわからん縁があれば飛び込んでしまう。そのくせ泣いて親鸞読んで、善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや、センパイはどっちなん、善人設定? 元カレらはみんな悪人でみんな往生な。えらい優しいことやわな。
「あんなあ、かんちゃん、親鸞、さいご死ぬときなんて言わはったか知ってる?」
 しらんやん、そんなん。
「さいごのさいごまでな、女のひとへの気持ちをすてきれへんくてやな」
 ええ。宗派まで開いたえらいぼんさんちゃうの。
「さいごのさいご、そんな自分を受け入れはったん」
 ん? なまぐさ……?
「『まはさにあらむ』言わはってん」
 まあそんなもんやろ。自分にそんな期待しいひんゆうこと?
「修行の末にたどりついたんがそこなんやったらさあ、うちなんかそんなもんやろ。ひとりではおられへんねんもん」
 なんやねんな、なんでもまあそんなもんやろでええわけないやろ。ひどいことするやつおるで、まあそんなもんやろ。裏金にまみれとんで、そんなもんやろ。地震のあとまだ瓦礫のままほったらかしやで、そんなもんやろ。こどももおとなも病院ごと空爆されたで、そんなもんやろ。ジェノサイドもそんなもんやろ。ひとも歴史も文化も消してそんなもんやろ。
 そんなわけあらへんやろ。そんなわけ。
「あかんわセンパイ、次からはもう、弟子いちにんもは読まへんで。天上天下唯我独尊、これ一択やわ」
「えー。脇の下から生まれでるやつ」
「そうやー。もう生まれなおしたらええねん」
 何ひとつ加えることなく、その命のままに尊い。存在だけでじゅうぶんっていつもゆうてるやん。


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