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韓国映画『ファイ 悪魔に育てられた少年』

 息子による父親殺しは、神話から始まり古今東西の作家を夢中にさせるモチーフだが、本作ほど過酷な宿命を背負わされた主人公は少ないだろう。

 主人公の少年ファイには、たくさんの「父」がいる。幼い頃に身代金目的で誘拐された彼は、そのまま犯罪者グループに育てられ、5人の「父」から愛情を受けつつも、犯罪スキルを仕込まれる。

 儒教の教えが根強い韓国において、父の存在は絶対だ。リーダーであるソクテの命令によって、初めて人を殺めたファイ。その相手が自分の「実父」だとあとで知り、5人の「育ての父」に復讐を目論む。幼い頃から仕込まれたナイフや銃の扱いは、父たちを凌駕するほどの腕前になっていた。手塩にかけて育てた息子に殺される父たちは、どこか満足そうにも見える。

 これは父の息子に対する支配や呪縛と、それを克服する少年の話だ。特にソクテの愛情表現が、徹頭徹尾歪んでいておぞましい。少年時代のソクテは、手に入らなければ汚してしまえとばかりに、愛する少女を陵辱し、信頼していた牧師を襲う。

 幼い頃から怪物の幻影に苦しめられてきたファイに、かつて自分も怪物が見えていたと語るソクテ。「怪物が見えなくなるには、己が怪物になることだ」と、自分と同じ道を辿ることを強いる。

 原題は「ファイ 怪物を飲み込んだ子供」。怪物とはソクテであり、幻影に苦しめられているファイ自身でもある。

 最後ソクテを殺したことで、ファイは怪物を見なくなったのだろうか。その後の彼がどのような人生を送ったのかは、観ている者にはわからないが、ファイがスケッチブックに描いた絵はどれも優しさに満ちていて、ソクテのような怪物にはならなかったと伺える。

 ところで、映画を最後まで見ても、どうしてもわからないことがある。結局ファイの本当の両親は誰なのか。さまざまな解釈が可能な演出は、血の繋がりなど瑣末なことだという監督からのメッセージなのかもしれない。


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