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邦画『ほかげ』

 強烈な「臭い」を感じる映画だ。焼けた襖、汗、火薬、暗がりの中に佇む傷病兵たちが垂れ流す汚物。それらは戦争を語る上で避けられない臭いであり、生きることに直結する臭いでもある。

 映画を観る前は、予告編やチラシの印象から、戦争で夫と子どもを亡くした女と戦災孤児が、心を寄せ合う話だと思っていたが、すぐに打ちのめされた。『鉄男』で鮮烈なデビューを果たし、最近では『野火』『斬、』で戦争に向き合い続ける鬼才塚本晋也監督が、そんな生ぬるい映画を撮るわけがない。

 終戦直後の東京。家族を失い半焼の家で体を売る女と、その客である復員兵、戦災孤児の3人は、女の家で奇妙な共同生活を始める。

 元小学校の教師だという復員兵は、少年に算数を教えたりと、当初は穏やかな様子だったが、やがて戦場での恐怖によるPTSDに襲われ、暴力を振るいだす。

 復員兵は去り、残された女と少年の二人暮らしが始まった。女の少年に対する庇護欲は歪んだ形で肥大していき、依存や支配が強くなっていく。その様子はまるで、亡き夫の姿を少年に重ね合わせているように見えた。

 女が住んでいる半焼の家は、女を縛り付ける檻でもあると同時に、女主人が支配する城でもある。演じる趣里の汗ばんだ肌、物言いたげな厚い唇、骸のように生きているのに、目だけは光を宿している姿は、『砂の女』の岸田今日子を彷彿とさせる。

 後半カメラは女の家から、緑あふれる外の世界へ飛び出す。テキ屋の男はある目的のため、少年を連れて旅を続けるが、決心が固まらない。逡巡して同じ場所をぐるぐる回り続ける男の姿は、「戦争」という名の檻から出られない女や復員兵の姿と重なる。

 檻から出られるのは、いつの時代も可能性に満ちた子どもたちだ。闇市の雑踏に消えていく少年の未来は、きっと困難に満ちているだろう。

 それでも観ている者は、祈らずにはいられない。「戦争が、終わったんだ」という、この映画のキャッチコピーが、少年にとって心の底から実感できる日が早く訪れますように、と。


『キネマ旬報』読者の映画評 一次通過

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