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韓国映画『素晴らしい一日』

 今作は、職なし金なしの女が、別れた男から借金を返済させるため、二人で金策に駆け回る1日を描いた韓国のロードムービーだ。

 原作は平安寿子の同名小説である。抑制された演技と、余白の多い演出からは、日本映画的な情緒が感じられた。

 冒頭、ヒロインのヒスが険しい顔で赴くのは、ソウルの競馬場。一攫千金を狙うダメ男ビョンウンを説得し、車に乗せるところから、物語が動き出す。

 返せる当てがあるからと、ビョンウンの案内で向かう先は、懇意の女社長や元カノなど、ただならぬ仲の女たちばかり。行く先々で、マウントを取られたり、元カノの夫から嫌味を言われたりと散々な目に遭うが、当のビョンウンはどこ吹く風だ。持ち前の愛嬌と口のうまさで、女たちから新たな借金を重ねては、ヒスに返していく。神経質で不器用なヒロインと、ダメ男の珍道中が面白い。

 甲斐性のなさを従兄弟からなじられた時も、ビョンウンは恭しく酒を注ぎ、頭を下げる。憤るヒスに「誤解されがちだけど、ほんとは慈悲深い奴なんだ」と、人の悪口を絶対言わないビョンウン。

 大勢の前でビョンウンをなじる従兄弟と、元カノの夫は、社会的に成功していてもモラハラ臭を放っているのに対し、ビョンウンは人の良さから多くの者たちに愛されている。ただ金がないというだけだ。

 駐車違反で車がレッカー移動され、二人は土砂降りの中、地下鉄を利用せざるを得なくなる。移動手段が変わることで、関係にも変化が生じる。傘が一つしかなければ寄り添って歩かざるを得ないし、足並みが揃わないと同じ車両には乗れない。

 固まっていたヒスの心が徐々にほぐれ、表情が緩み、涙をこぼす。多様性のあるソウルの街並みは、ヒスの内面を表しているかのようだ。

 あと一歩で完済というところで、ヒスはあえて受け取らず、ビョンウンに借用書を書かせる。この借用書が二人を結びつける鍵となるかは、観客の想像に委ねられている‥‥のかと思いきや、意味深なエピローグが待ち受けていた。二人の今後を深読みするのも楽しい。


『キネマ旬報』読者の映画評 落選作

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