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20代、顕微授精からのスタート

タイミングという言葉の意味を理解するより先に、培養士と挨拶することになりそうである。

不妊治療に通い始めて数週間。診察室に入るなり、お世話になっている医師が深刻そうな顔をしているからとても緊張した。血液検査で何か重大な病気でも見つかったのかと怯えながら座る。すっと差し出された検査結果には、赤で大きく丸がついていた。

「今日は大事な話があります、この値を見てください。」
抗精子不動化抗体、PQと小さく表記されていて、そのすぐ下には94.6以上という数字があった。良く分からない。
ええ、と続きを促すように返事をして顔をあげると、医師は話をつづけた。PQとは”Strong Positive”つまり強陽性という意味らしい。(Qは再検査済みの印とのこと。)簡単にいうと、私の身体は、体の外から入ってくる精子を外敵とみなして全力で動きを止めにいっており、動いていられる精子は95分の1らしい。値は2以上で陽性とのことだ。


医師こそ私の気持ちを案じて同情のまなざしを向けていたが、私自身は内心笑ってしまっていた。2以上で陽性なのに、94.6?
雑多な計算だが、大体95分の1ってことは、99%仕留めるってことなのか。
正直桁が違いすぎて、単位か何か間違っているのかもしれないと思っていたが、どうやら単位は同じらしい。
医師曰く、この値は今すぐでも体外受精に移行すべきとのことだった。それも、ふつうに精子を振りかけてもダメらしい。顕微授精をするしか妊娠はほぼ無理です、と申し訳なさそうに言った。私は相変わらず状況をよく理解できていなかったが、説明会の日程を教えてくれたので、とりあえず言われるがまま帰りの受付で予約して帰った。

帰りの電車で、自分の数字を調べる。診察の帰り際、ほんの興味本位で、今までこの数字を見たことはありますかと聞いていた。何故聞いたのか分からない。でも、どのくらい仲間がいるのか知りたかったのかもしれない。他人事のように尋ねる私に苦笑いしながら、残念ですが、私は教科書でしか見たことが無いですと医師は言った。おっしゃる通り、ネットで探しても90以上なんて数値は出てこなかった。

色々と調べて、とりあえず分かったこと。SEXや人工授精は抗体の影響を受けるが、受精卵なら攻撃されないこと。攻撃されずに受精できるのは、たしかに顕微授精だけらしいこと。そして、私は顕微授精をしなければ妊娠しない。


ともあれ結果は結果である。他人の数値は関係ない。まずは何が何でも私を守ろうとしてくれている身体に、ありがとね(誤解だぞ)、とだけ思った。
帰ってすぐ夫に伝えた。最初は心配そうな顔をしていたが、最後は笑っていた。「誰か分からんけど追い払え!主人を守れ!って必死で追い払ってる感じ?」と言う夫に、肩をすくめて返した。

別に望ましい結果でも何でもないが、なかなかどうして、自分らしいなと感じていた。一生懸命で、でも空回りしていて、いじらしい。いつもそんな感じじゃない、私。

ここでさらに振り切ってナイスゴールキーパー!と言ってしまっていいのかどうか。自分と夫だけなら笑えるが、他人に伝えると気まずいだろう。聞かされる方が可哀そうだ。とはいえ、思いついてしまったので一応書き残しておく。笑いの共有がしにくいのは、このイベント独特かもしれない。



体外受精の説明会を控えている。一応、別のクリニックも検討してみようと思う。いろいろと負担をかけるかもしれないけれど、私の身体が、もう少し私の望みに付き合ってくれたら嬉しいなと思っている。無理させてるかな、ごめんね。ありがとね。

つづく




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