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リッツ・カールトンが教えてくれた5つのこと

先日、ツイッターでリッツ・カールトンのソムリエ時代のお話をつぶやいたところ多くの反響をいただき、今回、このような形でまとめさせていただこうと考えました。

ただし今回の内容はあくまでも、かつて一スタッフであった私の視点からのお話であると受けとめていただければと思います。(リッツ・カールトンについて深く知りたい方は書籍が公式出版されていますので、そちらをぜひご覧くださいませ。)

私は2007年のミッドタウンのオープンと同時にスタートした、ザ・リッツ・カールトン東京の開業メンバーの一人として、メインダイニングのソムリエを2年半の間、務めさせていただきました。

このことをきっかけに神戸から上京することになったのですが、リッツ・カールトンの開業スタッフを選出する入社試験には世界からたくさんの応募があり、かなりの倍率でした。もし、この時の厳しい入社試験に合格できていなかったとしたら、今の私はありません。

このリッツ・カールトンでサービスについてたくさんのことを学びました。

今回はその経験から得た学びを、皆さまにお伝えしたいと思います。

1.「クレド」という存在

リッツ・カールトンを離れてからも、このクレドは、心を整えたいときに読み返すようにしてきました。

日々の生活のなかで心のキャパシティが小さくなっているなと感じたときは、これをまた読み返し、サービスの原点を思い出すようにしています。

クレドに関しては、これまでさまざまな本で取り上げられていますので、内容をご存知の方も多いと思います。

リッツ・カールトングループの世界共通のサービス哲学としてまとめた文章を、小さなカードに集約したのがこのクレドで、勤務している時間帯は全スタッフ必ず携帯するようにしています。

内容に関しては長年かけて少しずつ改編されていますので、私が持っているのは、今現在の内容とはもしかしたら少し異なるかもしれません。

とはいえ、根本的な哲学は決して変わることはないでしょう。

リッツ・カールトンに入社して一番最初にやるべき重要なことは、このクレドに書かれた文章を完璧に記憶すること。

「言葉を完全に自分の中にインプットすることで、はじめて行動につながる」という理論が、ここにあります。

良いサービス、良い行動は、良い言葉のインプットから。

そういう意味で周りの環境はとても大切。

つまり、日頃からインプットする言葉には、最大限に注意を払う必要があると言えます。

2.名前を覚えることの重要性と記憶する方法

クレドカードの、サービスの3ステップで最も強調されているのが、「お客様のお名前を呼ぶ」こと。

人が小さいころから、何度も繰り返し見て、聞いてきたのは自分の名前であり、自分という存在を確認できる一番のものも名前であり、名前を呼んでもらえるということは、存在を認めてもらうということにつながる。

お客様の反応、自分自身の体験をふまえて考えても、この理論は正しいと私は考えています。

逆に、最大限注意しなければならないのが、名前を間違えて呼んでしまうこと。

これは考えただけでも恐ろしいのですが、当時、実際に常連のゲストの方のお名前を間違えて呼んでしまったスタッフがいて、大クレームになっていたのを今でも覚えています。

それくらい名前は重要なもの。

しかし、毎日たくさんのゲストが訪れるなか、ご予約のゲスト全員のお名前を正確に覚え、お会いして第一声で呼ぶというのは至難の業なのです。

「私、人の名前を覚えるのが苦手なんですよね」と言っている人をよく見かけますが、僕は絶対にその言葉は口にしない。

なぜなら「私、人にもあなたにも全く興味がないんですよね」と言っているようなものなのだからです。

つまり、ゲストの名前を覚えるための最大のポイントは、「その人に興味をもつこと」

例えば私は、ワインスクールの受講生の名前を記憶する方法として、まずその人自身がどんな人なのかということに積極的に興味をもつようにしています。

この、「興味をもつ」という行為は、例えば、ワインを覚えたり、何かを勉強して覚えるための絶対法則とも言えるでしょう。


3.妥協のない清潔さがもたらすもの

リッツ・カールトン東京で働いていたときに、すごいなと思ったことの一つに、スタッフしか入らないバックサイドも、掃除の人を雇って表と同じくらい、常にピカピカに保たれていたことが挙げられます。

普通はそこにまでコストをかけられないし、おそらく、それができている企業は、ほとんど存在しないでしょう。

もちろん、スタッフは全く掃除をしなくていいというわけではないし、スタッフ自身が清掃をする行為自体が、サービス精神を向上させるためにもとても重要なこと。

なので、レストランの自分の持ち場に関しては、全スタッフがしっかりとクレンリネスを心がけていました。

バックサイドの清掃に関しては、スタッフへのおもてなしの気持ちの現れであり、会社から大切にされていることを実感することができ、「絶対にゲストにも良いサービスしないと」という、ある種の返報性の心理が働いたのです。


4.Noと言わないサービス

こちらに関しては、リッツ・カールトンに関する本でも常に語られていますが、実際に働いてみて、間違いのないことだと断言できます。

例えば、あるレストランで、そのお店にはないメニューをゲストが食べたいとおっしゃった場合でも、他のセクションとの連携により、なんとしてでも用意する。(食材かない場合は、近いもので代用)

ある飲みものを頼まれて、もしそれがない場合でも、どこか周辺で手に入れることができるのであれば、そこまで走る。

とはいえ、どうしても難しいオーダーもあるし、意図的に試してくるような方もいらっしゃったりと、対応に困る場面が発生する場合もある。

ただしここで重要なのが、すぐにNoと言わないこと。

「必ず代替え案を提案する」

この姿勢が、ゲストにとっての最大限の敬意であり、その言動を目の当たりにして不快に思うゲストは、限りなく少ない。

5.従業員は大切なゲストである

クレドに記載されている「従業員への約束」

この約束には、個人のこころざしを実現し、日々の生活を充実させ、その多様性を認めるという思いがこめられている。

そして、「人生は仕事の現場だけにあるのではなく、プライベートも充実させることが重要である」ということも意味していると、私は受けとめています。

特にサービス業においては、とても大切なことであるにもかかわらず、多くの会社はこれができていないように感じます。

がむしゃらに働き続けるだけでは、現場での心の余裕も、笑顔も、活力も次第に失われていってしまう。

社内での一つ具体的な例として、私の体験から述べさせていただくと、従業員食堂がブュッフェスタイルになっていて、休憩時間であればいつでも食事をすることができる。

さらには、スタッフの出身国(リッツ・カールトンはさまざまな国の人が働いている)の郷土料理がイベント的に並ぶときもあり、とても楽しい気持ちにさせてくれるなど、このことは日々の仕事の活力にもなった。

ふつうにレストランで働いていれば、1日の賄いは1回、しかも時間がないので一気に食べる。これが当たり前の世界。

ですが、レストランで良いサービスを提供するためには、日頃どういう食事をしているかはとても大切。

これも一つの「従業員への約束」と言えるでしょう。

最後に 〜「サービスとは何か」について考える〜

今回お話したことは、あくまでも元従業員であった、私の経験に基づくものであり、一スタッフの言葉として受けとめていただきたい。

私はここで過ごした2年半で、サービスにおける大切なことを、たくさん学ばせていただきました。

この経験は、その後の生き方にも大きく影響しています。

じゃあなぜ辞めたの?という問いかけも多くいただきますが、リッツ・カールトンで働きながら、次第に気持ちの中に芽生えてきたのは、「自分の名前で生きていく」ということ。

その後、ワインスクールの講師になり、今のように、個人の名前で仕事をしていくことが自分の生きる道だと、その時に考え始めていました。

だだし、今の生き方ができているのは、世界最高峰と言われるサービス哲学をもつ、このホテルの環境下に、少しの間でも身を置いた経験があるからなのは間違いありません。

「サービス」というのは、まさに一期一会の世界の無限のループの中にあるもの。

完璧な答えにたどり着くことは、限りなくむつかしい。

全ての答えは相手の心の中にあり、それを直接見ることは決してできない。

ただ、そこをひたすら追いかけていくことの大切さと喜びを教えてくれたのが、私にとってのリッツ・カールトンという存在なのです。

ワインディレクター・ソムリエ 田邉 公一


最後までご覧いただき、心より感謝いたします🥂